ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


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料理は芸術か?

 よく、料理は芸術だ、という言葉を耳にします。でも、これは意外だと思う人、結構いるかもしれないけれど、ぼく自身は正直言って、そう考えてはいません。というのも、芸術というのは、光と影の両方とも表現できるものだと思うからです。例えば、夏目漱石。「猫」は笑えるけれど、「こころ」は辛くなるでしょう。でも両方とも彼の作品で、共に芸術であると認められているのではないでしょうか。ゴッホの絵でもそうです。「ひまわり」は静かだけどエネルギッシュで、前向きな力を感じさせます。でも、晩年の作品群なんて、ポプラの木にさえ、孤独の果ての狂気みたいなものが渦巻いているようで、見ていて息苦しくなるほど。
 というように、芸術はポジティヴとネガティヴ、両方とも表現できるのです。しかし、料理は、そうではありません。それは基本的に、人が必要とするエネルギ-を与えるために行われる作業で、いわば、人の生きる力を作りだすのがその骨子であるため、ネガティヴはありえず、表現も、ひたすらポジティヴでなければならないのです。だから、芸術というには、一方通行というか、片手落ちだと、ぼくは思います。その思いを再確認する出来事として、最近、こんなことがありました。

 オ-プン以来おいでいただいている、Sさんというご家族がおられるのですが、そのSさんのご主人が、先日、亡くなられました。急なことで本当にびっくりしたのですが、Sさんの息子さんからお電話があり、葬儀の後、家族・親族で食事に行きたいとのこと、勿論お受けしました。その時、お話しを伺ったのですが、体調を崩されて入院後、わずか1ケ月で亡くなられたとのこと。そして、入院中まだお元気なときは、退院したらミチノで食事しようね、というのが、ご家族の合い言葉だったこと。それだけでも万感胸に迫る思いなのに、もはや、ご自分が退院できないと悟られたとき、ご家族に対し、こうおっしゃられたというのです。
 葬儀は密やかに行うこと。そして、そのあと全員でミチノへ行って楽しく食事すること。
 ご家族に、元気で暮らしなさいというメッセ-ジとして、ぼくのお店で食事するよう言い残された、ということをお聞きしたとき、ぼくは、Sさんという人の高潔なお人柄に心打たれました。同時に、これまでのおつきあいに感謝し、また、この仕事に就けたことをも誇りに思いました。そして、ひたすら前向きであることも教えていただいたような気がします。

 話が、少しシリアスになってしまいました。でも、やはりそこにあるのはポジティヴであり、プリミティヴなのです。だから、料理は芸術だ、なんて当の本人が言うのは尊大だという気がしてなりません。むしろ、完璧を志すべき仕事、とでも言えばいいでしょうか。
 前述の、Sさんのお母さんは、現在93才。ぼくのお店のお客さんとしては最高齢です。そのお母さんが、長生きしてミチノさんのお料理を食べ続けたい、とおっしゃったとき、ぼくも頑張って続けていこうと思いました。そして、そのようなおつきあいは、芸術という美名のもとに、実は経済的原理のみを追求している大バコレストランには、決して生まれ得ないものなのではないでしょうか。
 でも、ぼく自身も反省しなければならない点があると考えています。ある意味、小さなレストランは、自閉的、自己満足的になりやすいからです。そこで、門戸を開放すべく、先月はランチを、ぼくとしては随分フレンドリ-に変更しました。今月は、ディナ-です。
従来よりも、量・価格ともに親しみやすいコ-スを加えます。こんな時代だから、一人でも多くの人に勇気を与えたいし、ぼくも与えてほしいから。

 最後に、Sさんのご冥福をお祈りします。お疲れさまでした。
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by chefmessage | 2002-09-10 22:43