ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


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拝啓、大溝シェフ様

 苦労話なんてガラじゃないから、僕はあまり修行時代のことは語りたくないのですが、そういうこと聞くのが礼儀のように思っておられる方も沢山いらっしゃるようなので、たまにはそんなお話も。
 きょうびの若いもんは、という言葉は、もう耳にタコができるくらい今まで聞いてきましたが、僕自身23才まではそう言われる側の人間だったように思うので、それでもやる奴はやりますよ、と答えてきたのですが、本当に苦労知らず、努力嫌い、いいとこどりの、そのうえ目だちたがり屋の人間だったと、振り返れば恥ずかしい。お父さん、お母さん、そして兄弟親戚、みんなまとめて謝りたいくらいです。じゃあ、24才以降はどうだったかというと、基本的な人間性はあまり変わっていないとは思うのですが、ひょんなことから調理師の世界に入ってしまったので、それどころではなくなってしまいました。なにしろ、スタ-トとしては異例な遅さだったので、覚えないといけない事や、こなさないといけない事の山積みで、ぼんやりしている時間なんてまるでありませんでした。実は、えらい世界に突入してしまった、と、心の中は後悔の嵐だったのですが。
 発端は、大学のときのガ-ルフレンドが、フランス料理店でバイトを始めたことだったのです。それじゃ一度食事に行くか、ということになって、食後、シェフとお話しました。卒業前で、就職も考えないといけない時期だったのですが、その時、シェフになるのもいいかもね、なんて唐突に考えてしまったのです。そこでシェフに問いました。「雇ってもらえませんか。」、シェフは答えました。「悪い事言わんから、やめとき。辛抱でけへん。」。で、どうなったか。昔から負けん気だけは強かったのでしょう、絶対にやってやる、と思って、その後、むりやりそこの調理場に突入してしまったのです。京都の北区にあるボルド-というお店です。シェフは大溝隆夫氏。
 料理人になったキッカケも、フランス料理に進んだのも、理由といえばそれだけ。本当なんだから仕方ない。でも、その後は前述通りたいへんでした。なにしろ、豚肉と牛肉の区別も、アジとサバの違いもわからない。寸前まで新訳聖書のお勉強してたんですから。ナイフ持てば手を切る、フライパンさわれば火傷する。怒られるよりあきれられる日々でした。疲れる、ふてくされる、でも、大溝シェフは、僕を使い続けてくれました。随分厳しかったけどね。で、気がつくと、後悔の日々から、もう25年もたってしまいました。
 誰でも、その方角に足を向けて寝る事ができないという、特定の人物がいると思うのですが、僕にとっては大溝シェフがまさしくその人でしょう。今、僕が持っている料理人としての哲学があるとすれば、その多くは大溝シェフが僕に教えてくれたものの様な気がします。
 その大溝シェフが、今回、フランスから、なんと勲章贈られることになりました。農事功労賞とやらで、なんでシェフが農事と関係するのか良くわかりませんが、とにかくシュヴァリエなのです。英語で言えばナイト、騎士です。サ-、とお呼びせねばなりません。そこで、その祝賀会が11月に開かれることとなり、招待状が届きました。開くと、国内の有名シェフのお名前てんこ盛り。そういうパ-ティ、苦手なんです。でも、行かねばならん。
 僕は正直言って、名誉とか勲章とかにはまるで興味がありません。生涯、市井の一料理人として、現役であり続けたいと思っています。だから、ホテルとか大宴会場のシェフにはなりたくない。あくまで自分のお店で、自分の顧客のために料理を作り続けたい。できる仕事量は小さいでしょうが、一つ一つの完成度を大事にしたい。と、ふと思いました。大溝シェフもそうだ、と。一軒のお店をずっと大切に守っておられる。その人が勲章もらったんだから、これは是非行かねばならんな、と。
 
そこでス-ツを誂えることにしました。うちの従業員の滝本君のお父さんが腕のいいテ-ラ-なので、以前から考えていたのです。この際、思い切って作ろう。それを着ていくんだ。で、パ-ティにくる偉い人達は、どうせダブルの、ダボッとしたダサいス-ツが多いだろうから、僕は細身で、Vゾ-ンが狭いシングル3ツボタンで、色は紺がいいかな、目立つだろうな、なんて。シェフ、すみません、沢山教えていただきましたが、やっぱり性格変わってないようです。
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by chefmessage | 2003-09-13 02:35