ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


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 3月末から4月にかけて、レザ-ル・サンテとして受けた取材が現在どんどん活字になっており、今書店に並んでいる本なら、あまから手帖・シュシュ・ハナコウエスト・ミーツリージョナル・サヴィなどにお店紹介してもらっています。以後、VERY・婦人画報と続いて、これから、6月6日発売の料理通信の取材を受ける予定で、久々の新人気分。やる気満々で毎日の仕事に臨んでいるのですが、先日送っていただいたサヴィ6月号の自店紹介ページを開いた時、ちょっと不思議な気分になりました。
 「ぐるめ倶楽部」というコーナーで、新規オープン店としてレザール・サンテの記事があるのですが、同じページに、京都のラニオンというフレンチのお店も紹介されています。実は、このお店のオーナーシェフ、宮野多門君とは浅からぬ因縁があるのです。
 もう随分前になるのですが、レストラン・ミチノで、辻のフランス校の卒業生を一人従業員として雇い入れました。しばらくして、その彼の同級生だったということで宮野君がうちの店に食事にきて、食後歓談していたところ、まだ就職先が見つからないと言います。今思えば、面倒見の悪いぼくが何故そう言ったのかわからないのですが、就職先を探してやろう、ということになりました。多分、その日、なにか機嫌のよくなることがぼくにあったのでしょう。京都在住だというので、田島福広シェフのレ・シャンドールを紹介しました。でも、硬派で名だたる田島シェフのお眼鏡にはかなわず、数ヶ月で失職。丁度そのころ、うちのスー・シェフだった河原正典君が旭川で自分の店をもつことになり、人を探していたので宮野君に打診すると、弟が札幌の大学にいるということもあって、是非に、というので行ってもらうことになりました。それから数年、河原君の店を辞して帰郷した宮野君は、また仕事の相談にやって来ます。彼がうちの店に食事に来たきっかけとなった張本人は、とっくにやめていなかったのに。
 そのとき、丁度人探しをしていたパリの食堂の早川佳毅氏に電話をすると、面接したいという返事。宮野君に言いました。「オレの親友に紹介するのだから、死ぬ気で頑張れよ。」「わかりました。」そして彼はめでたく採用ということに。
 その後、彼は何度も脱走を繰り返しながら、それでもパリの食堂のスーシェフとなり、早川氏の2号店、B・C・Pのシェフも務め、その功績を認められ、早川氏に修行先を紹介してもらって渡仏。昨年帰国して、新婚の奥さんと始めたのが、今回のラニオンなのです。
 後にも先にも、一料理人の人生の節目節目に、こんなに拘わったことはぼくにはありません。おそらく、彼だけでしょう。もちろんそこには偶然や運、あるいは彼自身の努力もあったと思います。そして今回、同じ紙面にふたりの店が同列に紹介されている。不思議だなぁ、と思わずにはいられません。宮野、頑張ったな、というべきか、道野、今まで何やってきてん、というべきか。うーん。
 
 ここで、もう一つ。
 前述の料理通信のお話。この本は全国紙なので、関西の取材はそう多くないのですが、今回は同じコーナーに、ダン ル シェルという大阪市内のお店も紹介されるようです。このお店のオーナーシェフ、井出幸光君とも因縁が。
 井出君は実は、ぼくのシェ・ワダ時代の最後の後輩にあたります。
 こんなことがありました。当時、彼には付き合い始めた彼女がいて、彼は彼女にもう夢中で、ちょっと仕事がおろそかになっていました。フランス料理の命、フォン・ド・ヴォは厨房の必須アイテムなのですが、これを担当していた井出君、段取りが悪く、休日出勤して仕込まないといけないはめになり、やったのはいいけど、火入れを充分にしないままデートに行ってしまった。翌日、濾過するためにそれを沸かしてみると、夏場だったのでいたんでいたのです。それを見つけた和田シェフ激怒。あの巨体が暴れだすとブレーキの利かないスタン・ハンセン。うなるウエスタン・ラリアート。このままではいかん、とぼくが身を挺してそれを停め、和田さん、明日きっちりと教えるからこの場はぼくに免じてご容赦を、ということでなんとか収めたのです。
 さて翌朝、8時に厨房集合、のはずだったのですが井出君は来ない。仕方がないので、オーブンに火を入れて20キロの子牛の骨を焼き始めました。それを寸胴に入れ、香味野菜も入れて。井出君が登場したのは、10時。道野さん、すみません、とその顔を見た途端、ミチノ必殺技のとび蹴り炸裂。吹っ飛んだ井出君を見て、やめてください、と止めに入ったのが、現レストラン・サノの佐野剛一君でした。
 それから16年!彼はシェ・ワダの厨房を守り続け、自分のお店を持つに至りました。共に働くマダムはもちろん、かつて熱愛の仲であった順子さんです。ダン ル シェルとは、「天高く!」といった意味でしょうか。
 さて、そのようにして、今ぼくは因縁浅からぬ宮野・井出両君と同じスタートラインに立っています。こころのどこかで多少の違和感を覚えます。でも、ぼくがやりたかったのはこれではないのか。
 大御所とか、へたすれば巨匠とか、そう言われてその気になって、いつか、あの人は今、になりたくなかったぼくが選んだこの場所ではなかったか。
 二人と並んでスタートラインに立っていることをぼくは光栄に思います。そして誇りたいと思います。
「地上にはもともと道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるものだ。」 リリーフランキー「東京タワー」に引用されていた文章です。みんなで力あわせて、フランス料理の実力、そして楽しさを再び世に問いたい、と願います。
 でもね、お二人に忠告。16年落ちの中古車だけど、ピカピカにオーバーホールしたOHV8気筒のパワーは、若いもんには負けへんで。
 
レザール・サンテ!   オーナーシェフ 道野 正

レストラン・ラニオン
京都市左京区川端丸太町東入るキャピタルヴィラ丸田町 1F
075-761-1540

ダン ル シエル
大阪市北区本庄東2-3-23
06-6373-2332
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by chefmessage | 2006-05-18 03:08