長距離走者の孤独
2007年 11月 18日
ところが、ドアを開けて中に入ると、人がぎっしり。熱気であふれています。そして、どうやらほとんどの方が同業者の様子で、みんなお友達みたい。ぼくの苦手な雰囲気です。お花抱えてうろうろしていると、マダムのみずほさんがやっと発見してくれて、ホッ。加古君がやってきて、話しました。お酒が入っているせいか、いつもより若干テンション高めです。そして、オープン7年目で客数が減ってきていること、それの対応で料理の方向性が見極められなくて苦しんでいること、それに対するカンフル剤として、たくさんの人に勇気をもらおうと今回の催しを企画したことを話してくれました。それにしても、ほんとにたくさんの人が集まってくれるもんだと、僕は驚きを禁じえませんでした。これは加古君の人徳やで、すばらしい、と素直に賞賛。オレには無理やな、と逆にうらやましくなったほどです。でも、と僕は思い、彼に告げました。たくさんの人に励まされて、却って孤独も感じるんじゃないかと。
彼が、会話の途中でこんなことを言いました。こちらの思い入れが相手に伝わらないんじゃないかと悩みます、と。これはでも、料理人共通の悩みでもあります。僕も一時、ひとりよがりの料理とさんざん酷評されたことがあります。でも、所詮素人にはわかりっこないんだから、という意見には徹底的に反論してきました。自分のプライドは守りたい、と。そもそも誰かに命令されて料理人になったわけではありません。自分でなろう、と決めた道だから、自分にウソはつけません。だから、いつも自分の最高傑作を世に問い続けようと。その気持ちをわすれた人たちが、昨今の食品・料理業界には多すぎる、と思います。ただ、料理を組み立てる方法論として、当然ながら自分のなかに作り手と食べ手の両方が存在しなくてはなりません。例えるなら、恋は盲目だけど片目はあけておかないとその恋は長続きしない、同じように、才におぼれてしまうとおいしいと言ってもらえるものはできない。常に自分を客観的に見続けること、そんな話を、僕は加古君にしました。そして、最終的に、シェフは孤独だ、と。すべてが自分の手のなかに委ねられているのだから。
長距離走者は孤独です。沿道で旗を振る人たちに笑顔をむけている余裕なんてありません。冷静にエネルギーの消費を把握しながら、プランに沿って走り続けます。でも、アクシデントもトラブルも必ずあって、何度も何度も、もうやめようと思います。これが何になるのだろう、一体だれが喜んでくれるのだろう、そして、自分は何故走っているのだろう。
どこに向かっているのかわからなくなるときもあるし、悔やむときもあります。すべての人に見捨てられたような気分になって、死んだ方がましか、とまで思いそうになることも。
でも、走りだしてしまったのです。そして、与えられたかすかな才能に鞭打って走りつづける僕たちの姿を見て、自分も頑張ろう、と勇気を得る人たちは必ずいるはずです。多分、僕たちはそのために生まれてきた、だから
とにかく、走り続けようぜ、と僕は加古君に言いました。
気がつくと、たくさんの笑顔が僕たちの周囲にありました。懐かしい顔、初対面のはずだけどどこかで見知ってい
顔。やっぱりミチノさんや、お久しぶりです、ミチノさん始めまして。おい、加古君、シャンパン飲もうや。
謎の中国人風が楽しいオルフェの支配人、三木君、質実剛健シェフの長友さん。すみません、あなたどなた?と大変失礼な質問をしてしまったペルージュのシェフ、栗丘さん(男前!)。お、そっちはジャンティ・オジェの高柳君やないか、今日は美女連れてへんのか。その恰幅のよい人はル・フェドラの梅原さんですね、ブーランジェリー・コムシノワの西川さん、お誕生日おめでとう、ところで、おいしそうなパンすこし貰って帰っていいですか、あの体育会系イケメンはイ・ヴェンティチェッリの浅井君やないか、と豪華メンバー満載で宴たけなわ。気がつくと1時半タイムアウトまで、ほんとうに楽しいひとときでした。
でも、本来ならライバルであるはずの人たちが、こんなに楽しそうにしている業界って、他にないよな、と思ったとき、僕は気づいたのです。そうか、ここにいる人たちはみんな長距離走者なんや。鎬をけずり、火花散らしながら、でも、同じ熱い気持ち持ってるから、解りあえるんや、それに思い至ったとき僕は、こころの中で叫びました。みんな頑張れよ、最後まで走り続けろよ!オレも絶対負けへんからな!!
加古君だけではなく、実はみんなお互いに勇気を与え合っていたんだ、だからこの催しはやっぱり大成功だったと思います。行ってよかったな、こころからそう思った一夜でした。でも、ごめん加古君、どさくさにまぎれて参加費の¥2,500、払ってないことに今、気がつきました。次回に食事に行ったとき、かならず一緒に払うからね。ほんとにごめんね。
レザール・サンテ! オーナーシェフ 道野 正