ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


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Today is "ONE DAY"

いつかはきっと、と思っていた日がやってきました。

 そもそもの発端は、お客様のMさんが、ご自分の学生時代の恩師をうちのお店に招待されたことです。その恩師というのが、神戸女学院で宗教主事をされていた久保田先生で、同志社神学部出身だった。実はぼくは先生の後輩なんですよ、という話になって、では、一番お世話になったのは誰?と聞かれたので、そこで初めて野本先生のお名前が出た。実はコックになる決心をした時、ただ一人応援してくださったんですよ、いつかご招待したいと思っているんだけどなかなか決心がつかなくて、とお話すると、野本さんは今、同志社の理事長よ、と彼女が教えてくださいました。時々会うから、あなたのことは必ずお伝えしておきます、でも、野本さんお忙しいから、すぐには来れないかもしれないわよ、とおっしゃいます。いえ、ぼくのことを覚えてくださっているかどうかもあやしいので、こんなのがいるよ、と言ってくださるだけで十分です、とぼくは言いました。

 というのも以前、ぼくの奥さんのお母さん、この人は岐阜の中学校で音楽の先生だったのですが、教え子にやっぱり地元では有名なフレンチのオーナーシェフがいて、いつか同窓会で彼から、先生のひとことでこの道にすすんでほんとによかったと思っています、ありがとうございました、と言われちゃった、という話を耳にしたことがあります。俄然興味が湧いて、そのひとことを是非教えてください、とお願いしたところ、かえってきた答えはこうでした。「そんなのいちいち覚えてないわよ、教え子なんていっぱいいるんだから。」。なるほど。だから、30年も前のことを野本先生が覚えてくださっているかどうか、ぼくには自信がなかったし、同志社理事長に京都からわざわざお越しいただくのも恐れ多いので、まあ、話としてひとこと言っていただければいいか、くらいに思っていたのです。

 それから数日後、パソコンに一通のメールが入りました。差出人はShinya Nomoto。え、ウソ。内容は、こうでした。「君のことを久保田さんから聞きました。君なら必ずやると思っていました。いつかお店にうかがいます。」。

 不覚にも涙腺がゆるみました。しばらくパソコンの前から動けなかった。あの日から30年!ほんとは長かったんだろうけれど、苦しいこと辛いこといっぱいあったんだろうけど、ただうれしかった。その気持ちをメールに書いて返信しました。そして、ご来店をお待ちしています、と。

 その日がきました。 何日も前からメニューを考えていたのですが、なかなか決まらない。これはぼくの悪いくせなのですが、気合が入りすぎるとはずすんですね。だから、最終的に、今やってる料理をそのままお出ししようと。もともとぼくは、すべてのお客様に全力投球がモットーなのだから、それでいいのではないかと。

 お越しになられました、と厨房に声がかかります。タブリエ(前掛け)のひもをギュッと締めてホールに出ていくと野本先生が席を立たれます。そして両手でがっしりとぼくの手を包んで、遅くなりましたが来ました、と言われました。その手が、とてもあたたかでした。一緒に来られた皆さんにごあいさつして、食事が始まりました。焦らず、淡々と、ぼくは料理を作ります。ともすれば暴走しそうになる気持ちの手綱を引きしめて決してあわてないこと、これが長年の経験で培われた、よい料理を作るこつです。冷たいコーンポタージュとカボチャのテリーヌ。ポタージュにはジンとタイムのシャーベットが浮かんでいます。カボチャにはクミンとラムレーズン。続いて、夏野菜とサバのマリネ、イワシの入ったバスク風ガトー、貴腐ワインのゼリーで包んだトマトのヴァリエ。次。トーガンのブレゼとアワビ、アワビの肝とシェリーヴィネガーのソース添え。魚料理はオーソドックスにラタトゥイユと鯛のポワレ、バジルのペースト。メインは和牛のもも肉ロースト、マデラ酒のソース。チーズの後、デザートはいちじくのグラタンとマスカルポーネのアイスクリーム。驚いたのは、野本先生の健啖ぶり。よく飲み、よく召し上がる。すべて完食してくださいました。
 食後、ごあいさつに出ると、野本先生は再びお立ちになってぼくの手を固く握り、ぼくはお世辞は言いません、本当においしかった、と言ってくださいました。長い長い時間をかけて、やっとぼくは山を一つ乗り越えたんだ、と思いました。
次は家内を連れてきます、そうおっしゃって先生は満面の笑顔で帰っていかれました。
 
 神は言葉である、旧約聖書創世記に書かれています。ならば、ぼくは野本先生を通して語りかけられた神の言葉を支えに生きてきたのかもしれません。そして、今日という日は、がんばったぼくにご褒美、だったのかもしれません。節目、と考えることもできそうです。
 ぼくは、なりたいものになることができました。そのことで、本当に多くのことをを学びました。でも、節目をあとにして、ぼくはあと一花、咲かせたいと思っています。それは、ぼくの人生の完成形になりそうです。
 自分とは何か、未だ答えはみつかりません。でも、思うにそれはわからなくてもいいのではないでしょうか。むしろ、最後まで問い続けることが大事なのではないか。
 鏡でしか自分の姿が見れないように、自分も周りとの関係でしか見れないような気がします。ならば、最高の関係を作るために最高の仕事を成すべきでしょう。

 will be perfect one day. でもまだその日ではない、それを今回教えてもらったような気がします。だからぼくはまだ、前に向かいます。残された現役生命のすべてをかけて。
 頑張りなさいよ、30年前の野本先生のやさしい言葉が今再び、こころの奥に響いています。人生って、悪くないな。

レザール・サンテ!  オーナーシェフ 道野 正
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by chefmessage | 2008-09-18 03:51