ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


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宮下さんのこと、あるいは友情について

 今回は一冊の本の紹介から始めたいと思います。。題名は「職人で選ぶ45歳からのレストラン」で出版は文藝春秋。著者は宮下裕史さん。この宮下裕史さんとは、ぼくの店が18年前にオープンして以来のお付き合いです。

 最初は確か、VISAカードの会員向け冊子に掲載する記事の依頼でお会いしたと思います。でも、そのときの取材依頼はいささか変則的でした。彼はまず、通常のお客さんとして予約の上食事をされて、その後、実はと話し始めたのです。これは、実はあまりないことです。ライターと呼ばれる人たちは普通、出版社の依頼を受けて電話連絡してこられ、そのときに日程や取材内容を打ち合わせして、あとはだいたい本番一回きりです。取材後に、個人的に食事にこられることはあっても、取材前に自腹で食事、なんてことはまずありません。取材するお店はあらかじめ指定されているのだから、そんな必要はないからです。
 ということは、宮下さんはVISAから、お店のチョイスまで全面的にまかされていた、ということなのです。

 これは結構すごいことだと思います。彼は関東の人だから、地方の有名どころの情報を把握するのがまず難しいと思うのです。だから充実した情報網だけではなく、おいしいものや店を探し出す勘も人並み以上に備わっていたのでしょう。でも、仮にここだ、と決めて食事しても、自分の基準にあわないとそのまま帰ってしまうのだから、時間と経費が無駄になります。それでも毎月、彼の記事が掲載されていたのだから、その仕事はもうライターという範疇を超えて、評論家の域で世間に認知されていたのでしょう。
 何故か初対面から意気投合しました。お互い喋り過ぎて終電がなくなり、ホテルに戻るのにタクシーを使わねばならず、だからぼくの店の取材は結果的にずいぶん高くついたと思うのですが、その後も多々そういうことがあったので、これはもう仕事というより、個人的交友に限りなく近い関係がそれ以来、ずっと続いているのです。

 16,7年くらい前のことです。当時、店は順調だったのですが、私生活で不幸が重なったことがあります。離婚と実弟の急死。ほとんど重なるように起きた二つの出来事でかなり精神的にまいっていたとき、宮下さんに手紙を書きました。理解者に本音をさらすことで、立ち直るきっかけをつかみたかったのだと思います。でも、彼から返事はきませんでした。なんだ冷たいやつだな、と思ったのですが、これは自力で頑張れ、ということなんだろうと考えて、なんとか踏ん張りました。

 それからずいぶんたって、前述の彼の本がでて、そこにはぼくとぼくの店の紹介もあるのですが、最後がこういう文章で締めくくられています。
 (どうか、「風に向かって立つライオン」の如き、あの、類いまれな意地を張り続けてほしい。)
 これは、ぼくがかつて彼に宛ててしたため、返事を待ち続けた手紙の最後の文章を踏まえたものでした。当時流行っていた、さだまさしの歌にかけて、(ぼくはそれでも「風に向かって立つライオンでありたい。」と思います。)とぼくは書いたのでした。

 ああそうか、ずっと見ててくれたんだ、と思いました。そして、こころのなかで、彼の深い友情に感謝しました。

 これまで数え切れないほどの取材を方々から受けてきました。でも、そのほとんどは消耗品だったと思います。マスコミもスタンスは商業主義だから、生きのいい、そのときの売れ筋を追いかけます。それは仕方のないことだとは思うのですが、ほれ込んだ料理人を追い続け、それを生き様、という観点に敷衍する宮下さんのやりかたは、そういう世界にあって、尊敬に値する、とぼくは思います。変化のなかに不変を見つけようとする努力は料理人の生き様と共通するものがあって、だから、ぼくたち料理人は、ことあるごとに彼に励まされているように思うのです。

 初対面から随分のときがたちました。紅顔の美青年?だったぼくと彼も、もはやしっかりオヤジです。でも、お互い会うたびに、「これから、これから。」と言い合っています。そうして、ぼくたちは互いの友情がある限り、前に向かって歩み続けることができると思います。

 さて、最初の彼の本。一冊目は49軒、二冊目は51軒、合計100軒の全国の飲食店が紹介されています。ぼくは一冊目に登場します。この本を持って、全店制覇を目論む人をぼくは知っているのですが、彼女によると、一軒もハズレなし、ということですので、皆さん、ぜひ買ってください。たとえそのお店に行けなくても、行って、その店の主人と会話した気分になれます。贅沢で、素敵だと思いませんか。

レザール・サンテ!  オーナーシェフ 道野 正
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by chefmessage | 2008-10-18 03:52