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ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


by chefmessage
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新しい風

まだ東京にピエール・ガニエールのお店ができる前のこと。大阪のホテル・ニューオータニでガニエールのフェアがあるというので行ったことがあります。それ以前に他の何軒かの有名ホテルで、三つ星のシェフが来る、という催しに参加する度にガッカリした経験があったのであまり気がすすまなかったのですが、日ごろ懇意にしてくださっている方のお誘いだったので行くことにしました。以前よりガニエールに興味があったし、同席者がぼくの親友である「モンテラート」の横山シェフとそのご家族ということ、それに責任者がドミニック・コルビ氏だからはずすことはないだろうというその3点が決め手になりました。
 正直言って、ぼくはホテルのレストランのサーヴィスは好きではありません。誰に対しても慇懃無礼だという印象があるかもしれませんが、実はすごくエコヒイキが激しいと思っているから。勿論、同業者ですからやむ終えない部分が多々あることは認めます。でも、ちょっと露骨すぎるような気がして。
 当日もやはりそういった点が気になりました。でもまあ、それにさえ目をつむるならばいい催事だったと思います。
 初めて食べるガニエールの料理は、やっぱり素晴らしかった。おいしいかまずいか、そんな判断が意味をなさないと思えるほど想像力豊かで、その才能に圧倒されました。とにかく食材の原型をとどめているものが全然無い。一発勝負ならばとにかく、そのような料理を延々と数十年に亘って作り続けるなんて、狂気としか思えない。こころから尊敬しました。
 その尊敬の対象が、デザートのときに各テーブルに挨拶に回ってきました。ぼくたちのテーブルにもやってきた。
 その日は、横山夫妻の愛嬢、小学校5年生の愛ちゃんの誕生日でした。彼女にぼくのささやかなプレゼントを差し上げたばかりだったので、ムッシュ・ガニエールにも「今日は彼女のお誕生日なんだよ。」と告げました。すると彼はいきなり愛ちゃんの頭を両手でそっと包んでキスしたのです。そして笑顔で、「おめでとう。」と。
 やっぱりフランス人のやることはかっこええな、よかったな横山君、と言おうと彼のほうを見ると、なんと彼が泣いているのです。
「道野さんとピエール・ガニエールに祝福してもらって、ぼくは親として本当にうれしいです!」。
 なんと純粋な男なのか。この日、ぼくは尊敬できる男を二人もみつけました。

 その横山君が、谷町9丁目から北浜にお店を移転しました。店名も「モンテラート」から「プログレYOKOYAMA」に変更しての再出発です。成功をこころから祈りたいと思います。
 彼の野菜に対するこだわりが半端でないことは周知の事実です。ぼくは以前、こだわりすぎて袋小路に突き当たってしまいましたが、彼なら大丈夫だと思います。というのも、ぼくは彼の肉料理のおいしさも知っているから。そしてなにより、彼には枯れることのない好奇心があります。そして常に挑戦し続けています。そういうところが、とても素敵だとぼくは思っています。
 彼のお店が落ち着いたころを見計らって、行ってみるつもりです。皆さんもどうか応援してあげてください。
 
 で、あと一軒。

 ぼくの店と同じ福島区のJR新福島駅の近くに「ラ・ブリーゼ」というかわいいお店ができました。以前、ぼくの店で働いていた北川達夫君がオーナーシェフです。
 彼の思い出話を一つ。
 あれは丁度、お正月用の御節を作っているときでした。30日の朝に魚介類の仕入れに彼と出かけたのですが、帰ってみると、エスカベッシュ用のワカサギ200尾が見当たりません。年末なので再度の発注は不可能だし、他に重箱の一角を埋めるものもありません。車に積み込む係は北川君だったので、ぼくは彼に問い質しました。顔面蒼白の彼は、「すぐ市場に探しに行きます。」と言って、バイクにのって走っていきました。年末のごったがえした市場のことです。見つからないだろうとぼくは思っていました。
 それから数十分後、彼から電話が入りました。「シェフ、魚屋の前にありました!」。
 聞くと、彼が台車に乗せようとして忘れたその場所に、そのまま手付かずで置いてあったそうです。多分、年末の買い物客の皆さん、自分の買い物で精一杯で、だれも忘れ物に気がつかなかったのでしょう。「よかったです。ラッキーです。」興奮して、震える声で、でも本当にうれしそうで、思わずぼくも「よかったなあ。」と言いました。
 ここにも純粋な男がいます。
 お店は、長男の彼とイタリアン出身の弟、それにパティシェの妹、ときどきオカン、という家族ぐるみの経営です。早くにお父さんを事故でなくした家族が、総力結集しての出発です。料理は、ミチノの弟子にもかかわらず、今時珍しいクラッシックなビストロ料理。ネオビストロだのスーパービストロだの、昨今の浮ついたなんちゃってビストロ料理とは明らかに一線を画した正統派です。メニュウを見ると、これが食べたいものばかりなんです。仕事が早く終わったときに、自転車で行って上から下まで何回かに分けて全部食べてやろうと思っています。それになにより、値段が安い。ここも強力おすすめです。
 ちなみに、ブリーゼとはそよ風の意。家族総出だから、店名は「北川家」にしなさいと言ったのですが却下されました。「シェフのところが旋風やから、ぼくならそよ風くらいかなあ、と思ったんです。」。言うこともかわいいじゃないですか。
 以上2軒、新しい風が吹き始めました。がんばってほしいと思います。そして彼らに負けないように、ぼくもがんばろうと思います。

 

 
 
by chefmessage | 2010-05-10 14:10