ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


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芸術家と職人の違いについて

先日、北海道の恵庭から大量のグリーンアスパラが送られてきました。数少ないぼくの同志社神学部時代の友人、辻中明子さんからのプレゼントです。彼女がご主人とともに恵庭の島松伝道所というところで牧師をしていることは、以前のメッセージで書いたことがあるのでご記憶の方もおられると思います。そして、牧会(教会活動)の運営の一環として、信徒の皆さんと野菜を作ってそれを販売していることも書いたのですが、昨冬は彼女のところのユリ根でポタージュを作って、それがうちのお客様にはとても好評でした。
 さて、アスパラです。実際はぼくの、というかこちらでの感覚でいうと、実はアスパラの季節はすでに終わっています。だから、ぼくの頭のなかでは過去になっているのです。でも、辻中さんたちの労働の成果がここにあります。これをおろそかに扱うわけにはいきません。だから、ぼくは頭のどこかにあるスイッチをポンとオンにします。料理モードに突入。
 北海道から来たアスパラ、北海道といえばラベンダー。ラベンダーといえば何故か果物のビワが思い浮かびます。
 昔、フランスで修行したジャン・バルデというお店では、杏とラベンダーを組みあわせてタルトにしていました。その応用で帰国後、ぼくは金柑とラベンダー、その後、ビワとラベンダーという組み合わせで色んなデザートを作りました。だから今の季節になると、ぼくの頭のなかではラベンダーといえばビワになるのです。でも、料理には使ったことないな。
 ならば、糖度を下げたラベンダー風味のシロップを作ってそれでビワをマリネすればいいのではないだろうか。でも、冷たいシロップに漬けても味や香りは浸み込まないから、シロップの温度を上げてみようか。ただ、そうすると今度はビワそのものの味がぼやけるかもしれないし、歯ごたえもたよりなくなるし、色もかわるかもしれない。それなら、皮と種を取り除いたビワをボールに入れて熱いシロップを注ぎ、すぐに氷をあてて冷やそう。シロップに変色を防止するためのレモン汁も入れよう。
 そうして出来たビワに、さっとボイルして氷水で冷やしたアスパラをドレッシングであえて添える、と。甘みと酸味のバランスはこれでよし。次に、それと同じ皿に盛るものを考えよう。おー。岡山の加藤さんにいただいたインカの目覚め(小さな黄色のジャガイモ)があるではないか。北海道といえばジャガイモ、うん、なかなかよろしい。そのジャガイモにはビーツ(ロシア料理のボルシチにはいってる赤いカブみたいなもの。)をあわせよう。聞くところによるとビーツを最初に栽培したのは北海道とか。で、ジャガイモとビーツをボイルした後、サイコロ状に切って、粒マスタードとショウガであえましょう。これは、いつか見たアメリカの料理本に載ってた組み合わせで、何度かやったことがある。とここまで考えて、はっと気づきます。なんや、野菜ばっかりやんか。 これまでの経験上、いくら素晴らしい野菜の料理を考えても、たんぱく質がある程度なければお客様は納得しません。食べた気がしない、あるいは特別感がないというのがその趣旨です。
 何がいいのだろう。雰囲気としては魚介類でしょう。海老?帆立貝?スモークサーモン?どれでもいいような、ということは、どれもピンとこない、ということで、いったんスイッチはオフにします。というのも、オーバーヒートが心配なので。
 翌日、魚屋で脂ののったサバが目にとまりました。自然にスイッチが入ります。あ、サバのマリネがええやん。 フランス料理でサバを使うんですか?と聞かれますが、マックロー・ヴァンブラン(サバの白ワインマリネ)というのはけっこうポピュラーな料理です。ただ、フランスの作法通りにやると火が入りすぎ、酸強すぎであまりきれいじゃないし、食感も日本人好みではありません。ということで、ここはシメサバの感覚で仕上げます。これなら、ショウガにぴったりだから、ビーツとジャガイモのサラダと好相性です。で、サバの生臭さをラベンダーが消し、ラベンダー風味のビワを食べると甘さを抑えるためにドレッシングであえたアスパラに行き、その歯ごたえに飽きて違う歯ごたえのビーツとジャガイモに行き、マスタードの酸味つながりでサバにいって、生臭さからラベンダーに行き、と一つの皿のうえで、環状線ができあがります。円は閉じられたのです。
 円が閉じられるとストーリーは完結します。これが料理の完成形です。行ったら戻れること、飛び上がったら着地すること。そうしないと落ち着かないので、お客様は満足しない。

 以前、高名なチェロの演奏家とお話をしたとき、その方がこんなことを仰っていました。「演奏家は作曲家が何を考えていたのかを想像し、それを忠実に再現するのが仕事です。だから、神がかり、という表現はありえない。」と。
 芸術家は作曲家であって、演奏家はむしろ職人である、とそのようなご意見だったとぼくは思います。
 翻って、料理人の場合。
 上の文章を読んでいただければお分かりいただけると思いますが、ひとつひとつのパーツの完成度、ということに関しては、技術や知識、あるいは経験則がものをいうので、これはもう完全に職人の世界です。でも、組み合わせ、ということに関してはどうでしょうか。
 前に、料理の面白さは、時として思いがけないほどよいものが出来あがることがあるところにある、と書きました。(回りくどい文章ですみません。)何かが降りてきたのではないか、そう思う一瞬がある。とすれば、これは芸術なのかもしれません。
 ただ、とても大きな問題が一つあります。料理には必ず食べ手がいるということです。その人を感動させない限り、素晴らしい芸術もただの自己満足でしかありません。
 永遠のロッカー、矢沢永吉がインタビューでこんなこと言ってました。
 「作曲家がこねくりまわしたような曲はだめなんだ。だれでもが口ずさめるような曲じゃないと。」
だから、ミチノの料理は広く受け入れてもらえないのか、ぼくは永ちゃんのお言葉を聞いてそう思いました。

 さてさて、そのようにしてサバとアスパラの一皿の試作品ができあがったわけです。それが、今回の写真です。これはプロトタイプなので、盛り付けなどは変化するかもしれませんが、だいたいはこの通りで7月のメニューで登場します。
 ぼくとしては、島松伝道所の辻中さんと信者のみなさんの努力に報いるべく、頑張ったつもりです。
残念ながら、北海道は遠いのでお出でいただけないかもしれませんが、これをお読みになって興味をもたれ方がおられましたら、是非一度食べてみてください。そして、自己満足なのかどうか教えてください。悩める子羊にご教示いただけましたら幸甚でございます。よろしくお願いいたします。最後に。
 辻中さん、北海道のアスパラとてもおいしいよ、ありがとう。
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by chefmessage | 2010-06-25 12:20