二周年のメニューについての考察
2011年 08月 05日
去年の1周年記念のコース料理は、新しい境地を切り開くつもりで冒険させてもらいました。いろんなウェブサイトなどで、「昔、有名だった人」的な書き込みをされて、オレは声変わりしたフィンガーファイブか?(古い!)、すっかり太っておばさんになったリンリンランランか?(覚えている人、古い!)と腹立たしく思っていたので、その反動があったのだと思います。それから1年。狂乱怒涛の試行錯誤を経て、やっと落ち着いてきたような気がします。
結局、自分のなかで残ったものは、かつての自分の延長上のものでしかありません。すなわち、これまでの料理をさらによいものにするためのテクニック、あるいはメソッドだけが残ったということです。でも、その結果、自分の料理がより自分らしくなったと思います。ミシュランも食べログも気にしなくていい。ただ、自分がよいと思うものを全力でやり続ければいい、そう思えるようになってきました。なにより、これまでで最高の仕事をなしつつある、その手ごたえが大切なのではないか、と思います。
去年の1周年記念のフェアは、本人たちが驚くほどの盛況でした。今年もそうなるかどうかはわかりませんが、去年来られた方は、ぜひまたお越しください。去年より今年のほうが絶対によい、そんでもって、信じられないほどお得です。そうわたくしは断言いたします。
料理の内容をご説明いたします。ただし、これはあくまで今現在の予定で、当日になってガラっと変更している場合もあります。その点は、ご留意ください。
まず、前菜は3品です。
一つ目、
Merci! イチジクのキャラメリゼと生ハム、紫のサラダ
料理名の前にあるのは、その料理のタイトルです。紫はうちのマダムが一番好きな色です。スペインの三ツ星サン・パウのカルメ女史が、人生で一番のラッキーは主人と出会えたこと、と言ってましたが、ぼくも同じ気持ちです。彼女が支えてくれているから、今のぼくがあります。そして子供たち、店のスタッフ、もちろんぼくのお店に来てくださるお客さま。感謝の気持ちをこめての1品目です。料理を構成する食材はいたってオーソドックスですが、とにかく美しい一皿にしたいと思っています。
二つ目
Hommage フォアグラのグリエとフレンチトースト
フォアグラを蜂蜜でマリネしてからグリエする、この料理法で今までずっとやってきました。これからも変えないだろうと思います。これはシェ・ワダにいた24年前、和田信平氏から教わりました。彼の料理に対するぼくの敬意は失われることはありません。シナモン風味のフレンチトーストとマスカルポーネチーズを添えて。ミチノ、定番中の定番です。
三つ目
Sympathie サーモンのタルタル、トマトとシャンパンのエスプーマ
一時、現代スペイン料理に傾倒しました。あれやこれや朝から晩まで考え、試しました。マダムに、真面目に自分の仕事しなさい、としかられるほど。新しいものをつくりだそうとするエネルギーがすばらしいと思えました。このごろはその熱狂も冷めてきましたが、いくつかの要素は残っています。それは多分、消えないでしょう。この料理は、そういう意味ではハイブリッドですが、自分の金字塔になるような気がします。
そして、魚料理。
Aller シリコンボックスで蒸した魚と夏野菜
はやりの調理器具を使います。見ようによっては家庭料理の延長ですが、これは非常に優れものです。昔、ベルナール ロワゾーのお店で働き始めたとき、厨房に山のようなテフロンのフライパンがあって驚きました。ぼくたちの感覚では、それは家庭で主婦が使うものだったから。でも、便利なものに素人もプロもないと思います。要は使い方なのです。さすが、と思っていただきましょう。イタリアの魚醤コラトゥーラとレモン風味で。
この後、マダムのデザート二品、お茶菓子と飲み物と続いて一応、ひとつのコースとなります。その構成とお値段(¥5,250税込み)は去年と同じです。でも、ぼく自身としては次の肉料理で完結すると考えています。これには追加料金が必要になりますが、本音を言うと、皆さんに召し上がっていただきたい。
肉料理(¥2,625円 追加)
et retour 子牛の腎臓を詰めた子羊の腿肉、ベーコンとにんにく風味の赤ワインソース
近頃では、まず、召し上がれない食材をお客様に伺ってからコースの料理を決める、という慣習が定着してきたようです。これはアレルギーの問題があるからです。でもそれが拡大解釈されて、嫌いな食材をすべて仰るかたがおられます。とくに当日になって言われると、どう対処すればいいのかわからなくて、本当に困ることがあります。ぼくは思うのですが、せっかくレストランにお越しになったのですから、食わず嫌いはもったいないのではないでしょうか。そんな気持ちもあって、今回の肉料理はけっこうマニアックな代物にしました。でも、これがフランス料理です。フランス料理を生業とする者が心に描く桃源郷がそこにあります。この料理をおいしく作ることができれば一人前、そう思って挑戦してみます。
Aller et retour、これはひとつで、往復、という意味です。列車の切符を買うときに使ったりします。魚料理はコンテンポラリーで、未来を感じさせるのですが、でも、戻るのは懐かしいあの肉料理、という思いを込めました。
で、デザートですが、これはまだ未定。でも、なんだか気合入っているみたいです。あんまり考え込まないように、と助言したら、何言ってんの、お客様はわたしのデザートを楽しみにして来られるんだから、という返事。確かにこの頃は、ぼくの料理よりほめられることが多いような気がします。でも、いいことだなあ、と思います。ぼく以上に一所懸命生きているパートナーを見ていると、ぼくも負けてはいられません。だから今回は、同業の皆さんにもDM出そうと考えています。現役を長くやり続けている人間の底力を、しっかりとお見せしてやるぜ。
二周年記念メニュー、8月30日から9月30日まで。ご予約はお早めに。