ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


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河原くんのこと

北海道の旭川で「メランジェ」というレストランをやっている河原正典くんは、京都の「レ シャンドール」のシェフ、田島福広さんの紹介でうちの店にやってきました。20年前、彼が20代後半にさしかかったところだったと思います。
 田島さんが電話で仰るには、いろんな店を転々としてきたので、あまり仕事はできないけれど人物はぼくが保証するから、ということでした。ただ一つ問題があって、家庭の事情でそこそこのギャラが必要、とのこと。それはなぜですか、とぼくが問うと、仕送りしないといけないんですとの答え。家が貧乏なんですか、と言うと、「いや、その、まあ、そうです。」。「しかしミチノさん、はっきり言うなあ。」と仰るので、「事情がわからないと、知り合いに紹介もできないじゃないですか。まあ、ひとまず会ってみます。」ということになりました。
 面接の当日やってきたのは、縦にも横にもでかい小僧でした。どうも雰囲気が荒んでいる。受け答えもちょっとぞんざいです。ただ、事情を聞いてみると、根は真面目みたいです。母親が一人暮らしなので、経済的にすこしは助けてやりたい。でも、しっかりした店で、ちゃんとした仕事を一から覚えたい。無理な注文だとは思いますがお願いします、と言います。ところで、とぼくは彼に問いました。高校は卒業してるのか?すると、1ヶ月で中退しました、とのこと。なんでやねん、と再び問うと、彼が言いました。気に食わん先生がいたんで。
 「そういうのは中退とは言わん。中卒や。」彼がムッとした顔で切り替えしてきました。「学歴が問題なんですか。」。あのな、人の話はよう聞けよ。オレはそんなこと言うてない、逆や。オレは大卒、キミは中卒、世間なら大違いやろ。でも、オレらの世界はな、そういうの関係ありません。一つ仕事を覚えたら、一つ人に喜んでもらえる技術が身につく。中卒のキミでも、人に喜んでもらうことが出来る、大卒のオレにもできないことができるようになるかもしれへん、わかるか、小僧
 彼の表情が急に明るくなりました。ぼくはそれを見た途端に決断しました。
「お前、うちで働け。最低限必要なギャラは出したる。」。
 最初は荒っぽい仕事が目立ちました。その度にぼくの罵声がとびます。でも、彼は1ヶ月でやめたりはしませんでした。ソースを作る勘がなかなか身につかないので、どけ!オレがやる、と体当たりしたら、やります、と踏ん張って、逆にぼくがはじきかえされたこともありました。
 彼の修行は続きました。
 昔、ぼくが最初に勤めた「ボルドー」の大溝シェフがこんなことを言ってました。修行というのは、その店のシェフがいいと思うものを同じようにいいと思えるようになること。 つまり、シェフとシンクロすることです。でも、次の店に行くと、当然色んな面で齟齬をきたします。そのときに初めて自分で考えるのです。なぜ、違うのか。それを分析して、よりよい方法を選びます。それが進歩ということです。
 河原くんは仕事が出来るようになるにつれ、快活になっていきました。毎日の、彼との仕事は楽しくなっていった。ぼくは、ずっと彼と一緒に仕事がしたいと思うようになりました。でも、ある程度仕事ができるようになると、外の世界が見たくなる、それは当然の成り行きだったのでしょう。通常、人は進歩を望みます。ぼくも、若いころはそうだったのだから。
 「北海道に行かせてください。」と、ある日、彼は言いました。旭川のぼくの知り合いのお店にシェフで来て欲しいと誘われています、と。「やめた方がええぞ。」。経験上、ぼくはそうアドヴァイスしたのですが、彼の決心は固そうでした。「ま、ええか。」

 あれから、もう18年も経ったそうです。今では彼は、旭川の業界の重鎮です。彼を慕う若い同業の人たちがたくさんいる様子です。大阪へ帰りたい、そう言ってた時期もありましたが、旭川で最後までやる覚悟が、近頃の彼からは感じ取れます。色んな人生があるな、とぼくは年寄りじみた感慨にふけったりします。
 その河原くんが、このごろ道産の仔牛をよく送ってくれます。何回言っても、請求書を送ってきません。恩返しなのでしょうか。そうしてもらうほど、ぼくは彼に何もしていないのに。
 だから、ぼくは精一杯、この仔牛をおいしく料理しようと思います。ぼくから彼に伝わったことが、長い年月を経て、今度は彼からぼくに伝わってきます。
 長い料理人人生は時に、心からの感謝となって、報いてくれるような気がします。
 
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by chefmessage | 2012-06-21 20:56