ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


by chefmessage
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

桜と口笛と

めずらしくマダムが旅行することになり、一週間の留守の間、我が家はふたりの娘とぼくの3人家族になりました。娘たちは共に春休みなので、家事や食事は二人で分担してくれることになったのですが、高校2年生の下の娘は部活があって忙しく、やったとしても洗濯物を干すくらいで、どうしてもお姉ちゃんの負担が多くなります。それでも、買い物に行って、上手に食事は作ってくれるし、片づけもしてくれるしで、ぼくはちょっと彼女のことを見直しました。

 というのも、お姉ちゃんの方は本当に勉強が嫌いで、部活もせず、高校1年のころからバイトばかり。いつもスマホを触っているか部屋に閉じこもっているかで、よくわからない娘、というのがぼくの印象だったからです。それに、バイトしているからお小遣いもお年玉もいらないというので、ぼくにとっては、良くも悪くも手のかからない子でした。

 ところが、ある日帰宅すると、台所に洗い物がたまったままになっていました。「今日はどうしたの?」と尋ねたら、「疲れたから。」と言います。そこで、ぼくは言わなくてもいいことを言ってしまったのです。「それなら、オレの方が疲れていると思うけど、やってあげるわ」。

 そして、大人げないことに、とことんきれいにしてしまいました。

 お風呂から出てきた娘がその様子を見て、ぎゅっと目を閉じました。あれ、どうしたのかな、と思っていたら、ボロボロ泣き始めた。しまった、と思ったぼくはあわてて「いつもやってくれてるからたまには手伝おうと思ったんや」と言い訳したのですが、泣き止まない。「今日は朝から夜までずっとバイトやったから、明日の朝起きて片づけようと思ったのに。」。「ごめん、いつもご飯も用意してくれて、よくやってくれてると思ってるから。」と、父も必死の弁明をするのですが聞き届けてもらえない。「もうご飯作らへん」そして「もういやや」そう言って一層はげしく泣きます。それから、自分の部屋に入り、バタンと扉をしめてしまった。

 ぼくはそのとき、悟ったのです。実は、手のかからない子供というのは、子供がそうしているんだ、と。親がめいっぱい努力しているとき、子供も同じくめいっぱい努力しているのだ、と。

 高校1年生のときからバイトを始めたのは、自分だけでも親に負担をかけないようにしようという彼女の決意だったのでしょう。

 実際問題として、小さなレストラン一軒分の収入だけで子供を3人そだてるというのは、とても厳しい。そのことを彼女は子供ながら理解していたのでしょう。ぼくはそのことにまったく気付かず、彼女のことをよくわからない、でも、手のかからない子供だと思っていた。

 彼女のことをまったく理解していなかったことに今更ながら気づいて、ぼくはとても恥ずかしくなってしまいました。そして、父親として不甲斐ないことがこころから悲しくなった。こんな家庭の娘でいることが「もういやや」と言われたような気がして、とてもつらくて、抑えても抑えても涙が止まらなくなってしまった。

 もっと他に生きる道があったのではないか。少なくとも子供たちに、お金の心配をさせることのない職業に就けたのではないか。

 ただ、そこに彼女が自分の目的を見つけて、前向きに生きる道筋ができたという側面もあるのかもしれないのですが、それはそれ、ぼく自身の問題とはまた別です。

 明日も仕事だから眠ろうとするのですが、なかなか眠れません。真夜中に、娘にメールをしました。それでやっと明け方にうっすらと眠ることができました。

 翌日は、メールの返事が来ていないかと気にしていたのですが、帰宅するまでありませんでした。帰ったのが遅かったので、娘たちはすでに眠っていましたが、食事は用意してあって、その横に手紙が置いてありました。昨日は泣いてしまってごめんなさい、と書いてあった。そして、この春から彼女が通う専門学校のことが書かれてありました。

 早々と大学には行かないと宣言していたのですが、その専門学校への進学は、彼女が自分で決めてきました。3年制。とりあえず入学金はなんとかなったのですが、さて授業料はどう捻出するか?あれこれ算段は調えてはいたのですが、なにも言ってこなかった、その答えが、その手紙には書いてありました。

 「明日、1年分の授業料を払ってきます。3年間、バイトでためたお金です。あとの2年分は奨学金を申請しました。パパに負担はかけないから心配しなくていいです。それより、私がちゃんと資格がとれるようになるまで応援してくださいね。」。

 明日が彼女の入学式です。桜が満開でしょう。でも、その桜は同じように見えるけれども、去年の桜ではありません。毎年、新しい花が咲き、散り、1年が過ぎると、また新しい花が咲く。まっすぐに生きて、毎年、新しい花を咲かせてほしいと思います。そして、人を思いやるそのこころを失わず生きていってほしい。

 多分、本人は気付いていないだろうけれども、彼女が機嫌のいいときはわかりやすい。よく口笛を吹いているのです。それが随分と上手で楽しそうで、聞いている方も思わず微笑んでしまいます。

 今年の桜には口笛が似合います。ぼくにとっても、一生忘れられない思い出になりそうです。


[PR]
by chefmessage | 2017-04-07 20:29