ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


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小松亮太さんへの手紙

 小松亮太様

 初めてお手紙さし上げます。大阪の道野正と申します。小松さんが一昨年、豊中市の大池小学校でムコ多糖症の子供たちのためにチャリティーコンサートをなさったとき、小松さんと共演者の皆さんのお昼ごはんを作ったのがわたしです。大池小学校に在学するムコ多糖症の中井耀くんのお母さんからのご依頼でした。実は、車のCDチェンジャーにピアソラのオリジナルアルバム2枚組を入れているタンゴ好きなので、当日の演奏は楽しみにしていたのですが、仕事の関係で大池小学校に着いた時にはすでにコンサートは終わっていて、大変悔しい思いをしました。
 ところが先日、わたしの高校時代からの悪友で、ロックとフェラーリをこよなく愛するYくんから、彼が会員になっている梅田のビルボードに小松さんが出演するから一緒に行こうぜ、と誘われました。もちろん即答で、行く、と言いました。そして当日、Yくんが予約しておいてくれた席はステージの小松さんの目の前のテーブル、悪友は親友でもあると思いました。でも、それならアロハとハンチングというあやしい風体ではなく、もっとまともな格好してくればよかったかなと思ったのも後の祭り、開演の6時30分になりました。前置きが長くなりました。その時受けた感動をお伝えしたくてこの手紙を書いた次第です。

 数曲の演奏ののち、「ではオリジナルをやります、自分の子供のために作った曲です。」という小松さんの前口上に続いて始められた「夢幻鉄道」のイントロが流れ出した途端、わたしはヤバい、と思いました。唐突に涙腺がゆるみはじめたのです。曲の間中、わたしはそれを押しとどめるのに必死でした。
 子を思う気持ち、喜びや悲しみや期待などが旋律になっている。ああ、みんな同じ気持ちなんだ、と思いました。そして、汽車の窓に家族の姿があって、親が年老いてゆき、子供が大人になり、そしてその子供が親になり。そういうイメージが曲の間、ずっと浮かんでいました。だから、「夢幻鉄道」ではなく「無限鉄道」だと、アマゾンで買ったCDが届くまで、わたしはそう思い込んでいたのです。

 わたしの3人の子供たちの名は、長男が悠(ハルカ)、長女が曜(ヒカリ、耀くんと同級生です。)、二女が臨(ノゾミ)です。わたし自身は鉄道ファンではないのですが、結果的に全員、新幹線の列車名となってしまいました。でも、彼らはわたしの知らない未来まで走るのだから、まあ悪くはないなと妙な納得をしているのですが、そういう大きな流れの接ぎ穂であることが、わたしたちの全ての喜びや悲しみを生み出しているのではないか、と小松さんの演奏を聴き終わったあと思いました。
 だれもわたしたちがどこから来て、どこに行くのか知らない、でも、それならそれで与えられた命を懸命に生きよう、そういうメッセージを小松さんの演奏はわたしに与えてくれたように思います。

 あともう一つ。
 わたしはフランス料理のシェフをやっているのですが、時々、自分のやっていることに疑問を覚えることがあります。日本人が作って、日本人が食べるフランス料理ってなんなんだろう。これって無意味なことではないだろうか。「夢幻鉄道」という曲を聴いてわたしが思ったこと、それは、タンゴというより小松流タンゴだ、ということでした。和のセンスが漂っている、これはわたしの料理も同じことだと思うのです。本人は真剣にフランス料理をやってるつもりですが、やっぱり和があるようで、あるいはそれが道野流と言われたりもする。でも、小松さんの力強い演奏を聴いて、すこし肩の荷が軽くなりました。好きなんだからしょうがない。そして好きなことを仕事にして、多分わたしたちは幸せなんでしょう。子どもたちにもそのことを伝えたい、なんていったら、お互い、奥さんに苦笑されるでしょうか。
 料理で人を感動させたい自分が、感動を与えていただきました。その感動を忘れないようにしたいと思います。
ありがとうございました。益々のご活躍、こころからお祈りいたします。

というような手紙を書いたのですが、なんだか気恥しくて、いまだに投函できずにいるわたしです。

レザール・サンテ!  オーナーシェフ 道野 正
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by chefmessage | 2008-05-18 03:49

料理の命

 今朝の新聞にまた、船場吉兆の不祥事という記事があって、お客様の食べ残しを使いまわしていたとか。
それに対する女将の弁明が、「手つかずの料理は食べ残しとは違うと思った。」というもので、日本屈指と言われた料亭の社長の見識がそれかと、あっけにとられたのはぼくだけではないと思います。
ましてやこの人、湯木貞一さんの実のお嬢さんで、使い回しを指示したご主人はそのお婿さんなのだから、今までの吉兆という存在全体に対する評価そのものが疑問視されてしかるべきではないか、という気がします。というか、高級料亭って何?という感じでしょうか。

 実際料理を作る立場からすると、料理が生き物であるということがよくわかります。
出来上がった瞬間が一番美しくて、あとは瞬く間に力を無くしていきます。
種類によっては、お客様の前に置いたとき、すでに容色が衰え始めているものもある。
 ぼくが故ベルナール・ロワゾー氏のところで働いていた時、一番驚いた料理はルジェ(ヒメジに似た魚)のポワレでした。
その料理のポイントは、魚の火の入れ方にありました。しっかり温めたテフロンのフライパンに油を流し、皮側をしっかりと焼く。
同時にアツアツのお皿の中心に赤ワインソースを流しておきます。火が7分方通ったらもう片側は焼かず、焼いていない面を下にして赤ワインソースの上に置きます。おわかりいただけるでしょうか。そうすれば、お客様の前で魚は完璧な状態になる、ということなのです。見た目はなんの飾りもないシンプルなもの、でも、これこそが料理だと思った気持は今も忘れてはいません。
 
同じくらい感動した料理に、御影にあるジュエンヌのサラダがあります。
 何年も前のことですが、うちに来られたお客様が絶賛しておられたので、ものは試しと出かけました。
まだぼくも鼻っ柱が強い時期だったので、本当はそれほど期待していませんでした。
 これも故ロワゾー氏の教えですが、最高のサラダとは、たとえば道端に咲いているタンポポがそのままの形で皿の上にあって、なおかつ葉っぱの先までドレッシングが乗っているもの、ということでした。
これを実現するのは実は至難の業です。というのも、サラダの葉っぱは塩気があたるとすぐにフニャフニャになってしまう。そのうえ、オイルがかかると、その重さで垂れてします。でもぼくはその解決法を何年もかかってみつけました。
丁度そのような時期だったので、正直、驕りもありました。
 
でも、ジュエンヌで出てきた海の幸のサラダには叩きのめされました。
 生の葉はしゃきっとしている、茹でた野菜には歯ごたえがほどほどに残っている、魚介類の処理も的確。ドレッシングやソースの量も丁度。で、これが一番大切なことなのですが、すべてに味がある。つまり、塩味が的確、ということです。塩が土台を支えているから酸味・甘み・苦味がほどよく感じられる。これは、ひとつひとつの食材を実際に食べて決めなければならないし、センスも必要です。参った!
 失礼ながら、サラダごときに命がけなんや、と思いました。だから料理が生きている。こんな料理人がいてるんや。
 帰りに、名刺を出して大川シェフにごあいさつしました。
「ミチノと申します。今日は勉強になりました。ありがとうございます。」。

 ぼくが店をレザール・サンテにしてからも、彼のサラダを忘れたことがありません。
むしろ、前よりも意識しているかもしれません。ジュエンヌのサラダに負けてはいないか。自分なりのサラダができているか。そして、ぼくの料理には命があるか。
 大川シェフもぼくも、ちっぽけなレストランのおやじにすぎません。吉兆さんとは比べるのもおこがましい。でも、料理が使い回しなんてできるはずがない生き物であることを知っています。それは多分、ぼくたちがつたない人生をかけて人を感動させようとしているからで、それを喜びとする料理人であるからだと思います。
 でも大川クン、キミ、最初にあいさつしたときもそうやったけど、ちょっと顔こわいで、なんて人のこと言えないか、オレも。
 
追伸
最近、厨房にやってきた新人ミハルの盛るサラダ、けっこうセンスいいです。マダムのデザートも随分よくなってきました。皆さん、是非お越しください。きっと喜んでいただけると思います。尚、前述の最高のサラダを作る方法は企業秘密なのでここでは明かせませんが、ご来店いただければ教えてあげてもいいかな。
 
レザール・サンテ!  オーナーシェフ 道野 正
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by chefmessage | 2008-05-18 03:48