ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


by chefmessage
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

<   2009年 04月 ( 1 )   > この月の画像一覧

結詞

    浅き夢 淡き恋 遠き道 青き空
    今日を駆け巡るも 立ち止まるも
    青き 青き空の 下の出来事

    迷い雲 白き夏 一人旅 長き冬
    春を 思い出すも 忘れるも
    遠き 遠き道の 途中でのこと
             井上陽水 「結詞」

 「結詞」と書いて「むすびことば」と読むそうです。陽水がコンサートの最後によく歌う曲らしいのですが、この曲のイントロを耳にするたびに僕のこころは、一気に23年前のあの日のあの場所に戻ってしまいます。そこはフランスのソーリューという田舎町。僕はその町にある「コート・ドール」というレストランでスタジエをしている若きコックでした。そのお店は当時、飛ぶ鳥を落とすほどの勢いで、シェフのベルナール・ロワゾーは、まさに頂点に上り詰める寸前でした。でも、僕には手強すぎました。そもそも、日本人がフランスで仕事をする一軒目の店としては無理があったのです。毎日、世界中からやってくる客で盛況なので、スタッフ全員が殺気だっています。とくに厨房はまるで戦争です。手際が悪かったりすると、たちまち怒声を浴びせかけられます。また、全体のリズムが狂うので、他のコックにも露骨に嫌がられます。なんとかついていきたい、でも、次から次へと通されるオーダーが聞きとれない。オーダー票を見に行こうものなら、もう恐ろしい剣幕で罵られます。実力を発揮するよりなにより、その日その日をしのぐのに精いっぱいで、本当に辛くて、それ以上に情けなかった。いままでやってきたことは何だったんだろう、仕事が終わって、誰もいない隣のカフェのテラスの椅子に座りこんで、夜空を見上げて、日本に帰りたいと切実に願いました。でも、それは帰るのではなく逃げることで、そうなれば、僕は二度とフランス料理をやろうとは思わないだろう、いや、それ以上に、人間としてダメになるだろうと思いました。これまで僕を支えてくれた人たちを裏切ることになるし、無くした自信を取り戻せないかもしれない。
 休みの日にはいつも行くカフェがあって、天井の高い立派な、でも古びた建物で、やさしそうなお婆さんが一人で切り盛りしていました。いつも客はまばらで、静かな店内は落ち着けて、僕は手紙を書いたり本を読んだり。何時間いてもいやな顔したりせず、お婆さんはいつもにこにこして、僕に接してくれました。そこにいるのにあきると、僕はいつも近くの墓地まで歩いていって、木陰にあるベンチに座り、ウォークマンで陽水の「結詞」を繰り返し繰り返し聞きました。墓地の周りの木々を抜けてきた秋の風は爽やかで、その間だけ僕は自由になれました。この苦しみも、道の途中での出来事に過ぎない。だから、もう少し頑張ってみよう、そう自分に言い聞かせて。
 結局、僕はフランスで3軒の店で働きましたが、やはり一番印象に残っているのは、最も苦しい思いをした「コート・ドール」でした。そして、それを思い出させてくれるのが、冒頭の曲なのです。
 あれから23年。僕はまた苦しんでいます。そして僕の道は、もはや遠き道ではありません。ゴールが見えかけています。このままでいいのか、自問する毎日です。ただ、僕は23年前の、何者でもない僕ではない。ならば、今できることは何なのか。
 19年前、レストラン・ミチノ”ル・トゥールビヨン”を開店したとき、僕は日本のフランス料理の枠を壊してやろうと思いました。そして、それはある程度成功したと思います。ただ、かなりマニア向けでした。だから僕は徐々に間口をひろげていきました。そして3年前、それをさらに進めて、年齢制限のない料理を作ろうと、店を改装し、店名もレザール・サンテと改めて、再出発しました。でもこれは失敗だったな。僕は自分を見失ってしまったようです。早急に改革しようとして、却って人のこころも見えなくなってしまいました。今の店の惨状は、その結果だと思います。
 折角楽しみに来たのに、料理が軽すぎる。フランス料理らしくない、あるいは、ミチノらしくない。
 そんな声が聞こえても、僕は走り続けました。そして僕は「裸の王様」になりました。
 でもね、実は自分でも違和感はあったのです。それに野菜料理の限界も感じていたのです。僕の方法論は決して間違いではありませんでした。僕の間違いは、それがすべてだと思っていたことです。だから、僕はここで宣言します。豊中のレザール・サンテは6月で閉店します。そして場所を移して、ミチノ最後の聖戦に突入します。僕は自分に残された時間のすべてを賭けて、僕自身のフランス料理、僕にしかできないフランス料理をさせてもらいます。もう一度、ぶっ壊してみせるぜ。
 場所は大阪市内、福島になると思います。そして6月いっぱいまで、僕は豊中での19年の歴史に恥じない仕事で、有終の美を飾りたいと願っています。
 括目せよ、歴史は動いている。
 でも、やっぱり全ては、遠き道の途中でのこと、という気もします。だから畏れることはない、と、あの時と同じ風が、震える僕のこころに囁いているようです。

レザール・サンテ!  オーナーシェフ 道野 正
[PR]
by chefmessage | 2009-04-18 03:59