ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


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 この頃、お客様をお見送りする時のぼくのお辞儀の角度が、これまでより15度くらい低くなりました。というのも、ほとんどの方がお帰りの際に、例の小菓子を買ってくださるからです。そのことが料理をほめられること以上にうれしく感じられるので、お辞儀の角度がマイナス15度になるのです。ぼく達は、料理やお菓子を作ることしかできないから、そのことで力になりたいと思います。
 マネージャーの原が今朝、こんな話をしてくれました。知り合いの美容室に行くと、月曜日がお休みの店なのにスタッフ全員が出勤して仕事をしていた。その日は義援金の日で、カットを2,000円にして、売り上げを全部寄付するのだということ。いい話だなあ、と思いました。
 でも、こんな話も聞きました。うちで5年間働いて、その後、東京のフランス料理店で仕事をしている子がいるのですが、その彼が電話で言うには、東京では予約のキャンセルが相次ぎ、どこのお店も閑古鳥が鳴いてます、オーナー達はみんな、これが続けば店が潰れると頭を抱え込んでいます、ということでした。これは他人事ではありません。実際うちの店でもそういうキャンセルが出ているし、予約の数もがっくりと減少しています。でも、それでいいのでしょうか。
東京は現在、交代停電とかがあるし、交通機関のダイヤも乱れている様子なので、ある程度やむを得ないところもあるかもしれません。余震も完全には収まっていないようだし。でも、関西は幸いにしてそのようなことはありません。だから、「今この状況ではそのような気分になれない。」とか、「被災地の方々に申し訳なくて。」というような予約キャンセルの言葉に根拠があるのかどうか、ぼくには判断できかねます。心情的には共鳴する部分もありますが、ちょっと懐疑的です。
 阪神大震災のとき、いかにも被災者です、というお客様が何組か食事にこられました。ぼくは正直、不思議でした。だからある方に失礼は承知のうえでこう尋ねました。「うちに食事にこられてよかったのですか。今、大変なんじゃないんですか?」。その方は仰いました。「大変だから、無理して来たんです。こういう世界を見失ったらぼく達はどこに向かっていったらよいのか判らなくなってしまいます」。 そういう人たちは、まだ余裕があったんだ、そう思われるかもしれません。でも、その言葉でぼくも救われたような気がしました。その方があの日以来始めて、福島の店に来られました。「ミチノさん、あのときはありがとう。」その言葉を聞いて、ぼくはとてもうれしかった。

 全体に沈鬱なムードが蔓延し、経済が滞留して更に縮小すれば、手助けしようにも力不足になってしまうような気がします。むしろ弱っていない部分が強くならなければ、全体的な修復は不可能なのではないでしょうか。
 だから、浮き足立たず、いままで以上に地に足をつけて、自分達の仕事に励もう、ぼくはそう思っています。そういう変わらぬ日常の生活のなかで、でも、被災地のことを片時も忘れず、自分達にできる精一杯のことをしようと思います。それぞれが身の丈にあった援助を心がければ、いつか復興の日がくるのではないか。悲しみや痛みは消えないでしょうが、喜びもまたやってくる、そう思いたい。
 うちで働いていた北川くんがやってるビストロ、ラ・ブリーズ(新福島)では、マカロンを販売してその売り上げを全額義援金にするそうです。うちのお店と同じ筋にあるイタリアン、ラ・ルッチョラもなにか始めたいと言っています。みんな客数の減少に悩み苦しみながらも、被災地の方々の力になりたいとこころから願っているのです。
 ぼくはこの頃、この国ってけっこういい国なんじゃないだろうかと思い始めています。だから今日も、ぼくのお辞儀はマイナス15度です。
 
復興支援に向け、サクラのメレンゲ増産中
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by chefmessage | 2011-03-17 22:02

今、ぼく達に出来ること

阪神大震災のときのことです。今もぼくが所属している千里飲食会が当時、交代で被災地に炊き出しに行っていたのですが、理事さんの一人がある日、ぼくにこんなことを仰いました。「ミチノさんのところはフランス料理やから、炊き出しは難しいよね。」。その時、その言葉を聞いてぼくは即答しました。「できます。させてください。」。
 震災当日、ぼくの店は定休日だったのですが、激しい揺れと家具が倒れる音で飛び起きたぼくは、家の事はさておき、とりあえず店の様子を見に行きました。店のあるマンションの外壁の一部は崩れ、タイルの部分にたくさんひび割れができています。恐る恐る店の扉を開けると、濃厚なワインの匂いがします。「あ、やられた。」。ワイン庫に向かうと、扉の外にまでワインが流れ出ています。通路をはさんだ両側のラックに寝かせてあったワインの相当数がすべり落ちて、通路はさながらワインの川でした。でも、それ以外は皿やグラスが何個か割れていただけ。幸い、ライフラインはすべて生きていたので、翌日からの営業にはそれほど支障はありませんでした。
 でも、これでいいのか、と心苦しかった。こんなときに、何もできない自分の職種が疑問でしかたなかった。だからぼくは炊き出しの要請にすぐに応じようとしたのです。
 行く先は東灘のクリスチャンセンターでした。千里中央の中華のお店から提供を受けた10キロのジャガイモをピューレにし、マスタードソース、店で焼き上げた20キロのローストポークを湯で温めれば食べれるようにそれぞれ真空パックにし、池田のイタリアンのお店から託された自家製パンを持って。
 被災地にいたるまでの光景と、被災地周辺の様子は今でも語るのが辛い。何度か通いました。それくらいで、何かをしたつもりにはならなかったけれど、何もしないではいられませんでした。
 昨日、東北地方太平洋沖地震がおきました。テレビに流れる各地の映像を見ていて、寝たのは朝方でした。そのせいだけではないのでしょうが、今日は仕事をしていても体に力が入りません。ふわふわと漂っているような感じです。そして、ずっと考えています。何かできることはないだろうか、と。
 場所が遠いし、広範囲に被害が出ているので、前のように炊き出しに行くのは困難です。だったら他にできることは。思いつくのは義援金をしかるべき機関に送ることくらいでしょう。でも、それなら送れる金額は些少でしかない。
 では、お客様にも協力していただく、というのはどうだろうか。というのも、阪神大震災のとき、来られたお客様が、「こんなおいしいもの食べている場合ではないんやろうけどね。」と仰っていたのを思い出したからです。
 本来、美味しいものを食べることと災害とは何の因果関係もないと思います。でも、そう仰ったお客様の気持ちもわからないではありません。だったら、協力していただくことは悪いことではないのではないか。
 そんなことを考えて、マダムやスタッフと話し合いました。その結果、なにかお持ち帰りできるものを作って買っていただき、その売り上げを全額義援金として日本赤十字社に送ろうということになりました。
 一日でも早く始めたかったので、作りなれたクミン風味の金平糖を小さな袋に詰めて¥210で並べることにしました。ポップを作る時間がなかったので張り紙はぼくの手書きです。そしてとりあえず並べたところ、これが昼の営業時間だけで完売!気持ちが少しあたたかくなりました。
 
 そんなことくらいで何かしたような気になるなよ、そんな声が聞こえてくるようです。こんなことやってます、と公開すれば、ネットでああだこうだと書かれるのが関の山でしょう。でも、何もしないではいられません。
 あの圧倒的であまりに理不尽な破壊の光景と、悲痛な叫び、沈鬱な表情、嘆きと悲しみの前で、ぼくたち一人ひとりに出来る事はあまりに小さく無力でしかありません。でも、自分にできることをやり続けたら、寸断された道路が1ミリずつでも修復されるかもしれません。随所にあふれている瓦礫をひとつでも取り除く手助けになるかもしれないし、破れた魚網を繕う何センチかの糸くらいにはなるかもしれない。あるいは、荒廃した田畑に蒔く種一粒でも提供できるかもしれません。そして、避難所の学校で「怖い!」と言って片寄せあって泣いていた子供達に絵本の1冊もプレゼントできたなら。それだけでもいいと思うのです。それをみんなで続けられたなら。

 なんだか今回はけっこう支離滅裂な文章です。やはり動転しているみたいです。でも。
店で食事した後、ぼくの手書きのポップが目に留まったら、金平糖一袋、買ってください。

 
 
 
 
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by chefmessage | 2011-03-13 22:53