ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


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鯨レストランにて

豊中でお店をしていたころのぼくはあまり他のお店に興味がなくて、いわゆる食べ歩きというものに積極的ではなかったのですが、福島に移転してからは、本当にたくさんのお店に食事にでかけました。自分が過去の人に思えてならなかったから、とにかく今の流れを知りたかったからです。評判通りのお店もあったし、がっかりしたお店もありました。でも、基本的には学ぶことが多かった。ただ、やはり同業者としては、ぼくの個人的な感想は書かないほうがいいだろうと思ったので、シェフメッセージにはレストラン批評的なものは極力避けるようにしてきました。でも、書かせていただきたいお店に出会ったので、紹介させてください。
 ラ バレンヌというお店です。前々から行きたかったのですが、同じ日が定休日なので機会がありませんでした。でも、今回はうちが連休を取ったので、是非にと随分前から予約をしておきました。
 同行は、今絶好調の骨太ビストロ、ラ ブリーズのオーナーシェフ、北川達夫君。豊中のぼくの店で修行したことのある料理バカ人間です。
 それにしても、ひげ面のむさくるしい男と、ずっと料理談義で食事をすすめるというのはいかがなものか。そのうえこの男、昔から汗かきで、その日も汗拭きタオル持参。やっぱり食事は美しい女性同伴がいいなあ、とないものねだりのミチノシェフです。
 お店は地味です。ベージュの壁、ほとんど飾り気のない店内。今風にモダンといえばそうなのでしょうが、無機質。サービスの女性も丁寧ですが、どちらかというと控えめ。
 料理もはっきり言って地味です。ストイック。虚飾を排して、という表現でよろしいでしょうか。
 でも、食べ進めていくうちにしみじみおいしいと感じはじめます。何より、丁寧に作っている姿勢がいい。フランス料理かくあるべし、という思いが伝わってくる
 メインで初めて北川君と意見があいました。このアニョードレ(乳のみ子羊)おいしいなあ。なんか、俺達、フランス料理食べてるよなあ。
 こちらのシェフは本当にフランス料理がお好きなのでしょう。そして、その良さをまっすぐ伝えたいのでしょう。
 でもね、経営は決して楽ではないのではないでしょうか。(人の心配している場合ではないのですが。)。なにしろ見た目重視の昨今の風潮ですし。
 このお店、スタッフ全員女性だそうです。だったらもう少し色気があっても、って大きなお世話ですよね。でも、だから、この文章読んでいる皆さん、是非行ってあげてください。このようなお店もはやらないと、日本の食文化に将来はありません
 お勘定すませて帰るとき、シェフがご挨拶に出てこられました。「昔、豊中のお店に何度か食事にいかせていただきました。」と仰る。反面教師だったのではないかな。それにしても小柄な女性でした。こころのなかで、がんばってや、とつぶやいて汗かき男とお店をでました。お隣にカフェを新設した、というので見てみると、店名は「マンモス カフェ」。
 小柄な女性シェフのお店は鯨(バレンヌ)とマンモスかい、と少し愉快な気分になりました。オレも頑張ります。いくつになってもオレはつむじ風(トゥールビヨン)だぜ。
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by chefmessage | 2011-05-11 18:59

逝く春に

数日前の新聞に、被災地の一人の少女がローマ法王にあてて手紙を送った、という記事が掲載されていました。不確かな記憶で申し訳ないのですが、「なぜ神様は津波で私の友達を連れ去るようなことをなさったのですか。」と質問する内容だったと思います。それに対してローマ法王からこのような返事があったとその記事には書かれていました。「ずっと考えているのですがわかりません。でも、わたしたちがいつもあなたとともにいることを忘れないでください。」
 全世界のカトリック教会の頂点にいる人がなんと素直に心情を吐露するのだろうかと、ぼくは驚きました。でも、今回の大震災は、彼をしてそう答えざるを得なかったほど不条理なことであった、ということなのでしょう。
 被災地で、せめて聞き役になろうと出かけていったある牧師が、かたくなに口を閉ざす人たちを前に、宗教の無力を痛感させられた、と語っている記事もありました。確かに、自然が神様、あるいは宗教と密接に結びついていることを考えると、今回の出来事は、神の行為と考えるにはあまりに理不尽すぎるように思えます。でも、そのような理不尽はぼくたちの周囲で、規模の大小に関わらず起こりうることではないでしょうか。
 長年ぼくの店の常連客として通ってくださっていたKさんの死も、ぼくにとっては不条理を感じさせる出来事でした。寝耳に水、とはこのことでしょうか。あまりに突然のことだったから、悲しみよりも驚きの方が先立って、実際、今でも信じがたい気持ちです。
 初めて来られたとき、ぼくは、Kさんがいわゆるリピーターにはなってくださらないだろうと思いました。いたってクールというか無表情で、正直、あまり楽しそうにはみえなかった。決して手抜きをしたわけではないけれど、だからといってすべての人に受け入れていただけるような種類のレストランではないことをぼくは自覚しているので。でも、ぼくの第一印象に反して、それからはことあるごとにぼくの店を訪れてくださるようになりました。一人息子のMくんのお誕生日は、毎年の恒例行事にもなりました。
 これは同業者間の共通の意見なのですが、最初に大いに喜んで、すばらしいと持ち上げ、次はみんな連れてくるから、と仰るお客様に限ってそれっきりになることが多い。でも、最初は不機嫌そうなお客様が意外とリピーターになってくださることって意外とあるものなのです。Kさんお場合もそうでした。
 奥様と息子さんの希望を優先しておられるのだ思っていたら、ある日、奥様がこう仰いました。「ちがうのよ。いつもパパがミチノ君のところに行こうって言うのよ。」
 そう言えば、お帰りの際ご挨拶にでると、いつもクールなKさんがそのときにはニヤっと笑顔で、「頑張りや」と必ず仰ってくださいました。ポンと肩を叩くその感触はいつも柔らかだった。
 高校生だったMくんが大学に行き、その後アメリカへ渡り、帰国し、社長になってかわいいお嫁さんももらって、でも、お誕生日はいつもぼくの店で、それはこれからもずっと続くと思っていたのですが。年齢もぼくより5歳上だけなのに。
 なにがぼくたちを分け隔てするのか。なぜ、逝くものと残るものとがあるのか。
神様は答えてくれません。でも、それはそうなのです。理解できないから神様なのです。人智を超える、ということはそういうことなのですから。
 ならば残されたものはどうすればいいのか。できることは多分、問い続けること、それだけでしょう。これでいいのでしょうか、ぼくは間違っていませんか、努力は足りていますか、それとも、まだ足りませんか。
 疲れたとき、肩にポンと手を置かれたように感じます。「頑張りや」その声に励まされてぼくは進もうと思います。
 
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by chefmessage | 2011-05-11 18:44