ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


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レクイエム

先日、フェイスブックのウォールを見ていたとき、こんな文章に目がとまりました。
 「妹は死にました。さっきまで痛いと言ってたけど、聞こえなくなったから。」
原文のままかどうかはわかりませんが、再度その記事を読むのはつらいので、ぼくの記憶のままで書き進めます。そのあと、もう一度お父さんとディズニーランドへ行きたかった、とあって、ふいに文章が終わります。携帯電話のバッテリーが切れたのでしょう。
 それは、東北大震災のとき、17歳の少女が最後に父親に送信したメールの内容だそうです。どういう状況だったのかはわかりません。それを調べることは不遜な気がしたし、その勇気もぼくにはありませんでした。ただ、少女とその妹は亡くなった、それがすべてだと思ったから。
 その文章と、内容の重さに激しい乖離があって、ぼくの頭の中は一瞬真っ白になりました。その後、事実関係がやっと飲み込めたのですが、それが理解できたとき、大きな悲しみが背筋から肩を震わせ、頭の先に駆け抜けていきました。ぼくにも近い年頃の娘がふたりいるから、人事とは思えなかった。もしぼくがそのメールをもらった父親だったら、ぼくは生き続ける気力を失ってしまったかもしれない。
 もうすぐ逝くことがわかっていたから、彼女は冷静に文章を打ち込んでいったのでしょう。理不尽だと思いました。こんな理不尽なことがあっていいのか。
 その夜は眠れませんでした。読まなければよかったとも思いました。
 それから、ぼくのこころに理不尽が居座るようになりました。なにかの拍子に、それがコトンと音をたてて、ぼくの心を不安にします。現実感というか生活感が希薄になって、体に力が入らなくなる。気力が続かなくなる。これはいかんな。だから、ぼくは理不尽を見極めようと思いました。
 立ち向かう術がないから、それは理不尽なのでしょう。それなら、立ち向かうのをやめよう。対処は怠ってはいけないけれど、不安になるのはやめよう。むしろ、精一杯生きよう。それが生き残ったものの勤めだと思うから。
 懸命に、そして誠実に、もてる力を出し尽くして人が生きていくことができたなら、たとえ理不尽がこようが、少なくとも後悔することはない。
 残念ながら、逝ったひとのためにもはや出来ることはありません。でも、残ったひとがそれぞれ真っ当に生きようとするなら、この世も少しはよくなっていくのではないでしょうか。それが報いるということでもあると思うのです。
 ぼくは明日、58歳になります。あまりほめられた人生ではなかったと自戒しています。でも、せめてあと10年、子供たちが成人するまで現役で頑張りたい。そして、最後まで真っ当な人生を歩みたい。理不尽な出来事でこの世を去らなければならなかった少女たちに、こころのなかでレクイエムを歌いながら。
  勇気をありがとう。

涙の河を泳ぎきって 旅は終わりを告げ
光の音に導かれて ここまで来たけど
開いた手のひら あなたのかわりに
哀しみを抱いて 見果てぬ空のうえ
       Yuki 「プリズム]


 
 
 
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by chefmessage | 2012-03-13 18:28