ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


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トキワへの道

 先日、高田裕介くんのお店「ラ・シーム」で、東京は浅草にある「オマージュ」の荒井シェフとコラボのディナーをするということを聞き、食事に行ってきました。うちの古くからのお客様のTさんと、「ヴレ・ド・ヴレ」の大垣シェフ、男3人色気はないが食い気は旺盛というトリオでテーブルを囲みます。
 若手二人の料理は斬新で刺激にあふれていました。驚いたり感心したり。根っからフランス料理好きのトリオですから、終始白熱した料理談義です。盛り上がり方は半端じゃなく、それもとても楽しかった。
 デザートの後、お二人が挨拶に来られました。高田、荒井両シェフが並んでいる姿は、なにやらオーラ発生で眩しかった。荒井シェフに歳を尋ねると「39歳です。」。大垣シェフ49歳、そしてぼくが59歳。日本のフランス料理の縮図みたいです。
 彼らが他のテーブルへ移動したあと、ぼくは大垣シェフに言いました。「なれるものならもう一度若くなって、彼らと一緒に料理作ってみたいなあ」。すると、大垣シェフがこう言ったのです。「でもあと10年たったら、彼らも、今の若い連中の料理は、なんて言うようになるんですよ。」。
 若い料理人たちの仕事にショックを受け、古臭いと言われたくないから必死で彼らに追いすがろうとした時期がぼくにはありました。でも、やっぱり馴染めなかった。自分は自分の道をいくしかないと思ったとき、ぼくは身軽になって今までよりおいしいものが作れるようになった、それは錯覚ではないと大垣シェフに教えてもらったような気がしました。

 4月14日、奈良県橿原市に「まほろばキッチン」という巨大な野菜直販所がオープンします。その施設には3つの飲食スペースが併設されているのですが、そのうちの二つ、130席のカジュアルレストランと24席のフランス料理部門の総括料理長をぼくが引き受けることになりました。現在、準備に忙殺される毎日で、自分の店をやりながらの二足のわらじは結構きつい。それはこれからますます激しくなりそうで、先日もマダムに、「死ぬ気でやってもいいけど、本当に死ぬのはダメだよ。」と念を押されたのですが、でも、ぼくはそれに耐えて、この仕事を是非成功させたいと願っています。
 若手や中堅の料理人に、こうありたいと思ってもらえるような将来像を示すことができたら。ぼくは、昔は凄かった人などと言われたくないし、それで人に尊敬を求める生き方などしたくありません。最後まで毅然と、自ら道を拓く者でありたい。それが、同じ道を歩む人たちへの、人生を懸けたぼくのメッセージだと、ぼくは思っています。
 新しい店のパンフレットに、こんな文章を載せました。長くなるけれど、よければご一読ください。

 (奈良県の橿原市にできるフランス料理店を任せたい、というお話しをいただいたとき、ぼくはあまり乗り気になれませんでした。自動車文化の発達した本国フランスならまだしも、この日本においては、フランス料理店は都市部でしか成り立たないとぼくは思っているからです。それでも一度くらいは現地を見てみるかと、ぼくは重い腰を上げて、出かけていきました。
 建物の周りはほとんど田畑です。さえぎるものがないので、冷たい風がまともにぶつかってきます。早く帰りたかったのですが、案内してくださった方が熱心なので言い出せない。「ところで」とぼくは尋ねました。「あの森は何ですか?」。「耳成山です。」「あちらが香具山、こちらが畝傍山で、大和三山になります。」。
 存在は知っていたけれど、見るのは初めてでした。眺めていると、昔習った日本史の断片や人名が浮かんできます。推古天皇に聖徳太子、蘇我馬子や蘇我入鹿。不思議な気分になりました。今自分が立っているこの土地は歴史のある土地なんだ。呼ばれているのかな、と、ふとそんな気分になりました。小野妹子、そうか、自分は現代の遣隋使なのか。

 フランスで修行した店のなかで、今でもぼくの記憶に残っているのは、故ベルナール・ロワゾーの「コート・ドール」でした。当時のロワゾーはまさに飛ぶ鳥を落とす勢いで、フランスで一番テレビ出演の多いシェフと言われていました。ヌーヴェルキュイジーヌで軽くなったフランス料理をさらに軽くしたのが彼でしたが、その時代に彼の店ではすでに野菜ばかりのコース料理があって、これがぼくには一番の驚きでした。いつか自分も店を持って、そういうことがしてみたいと夢みたのでした。
 だから、大阪の豊中市で営んでいた自分の店を15年目に大改装し、店名も「レザール・サンテ」(健康な芸術)として本格的に野菜に取り組むことにしたのも、そういう背景があったからです。野菜を中心に据えて組み立てるフランス料理。食材の医学的効能を謳い、食育のために子供のコース料理まで考えました。スローフードとかロハスとかが流行する以前のことです。ぼくは最先端を自認し、突き進んでいきました。当初は、随分世間の注目を集めましたが、次第に、ぼくと客層の価値観の違いが出てきました。手間がかかるわりには評価されなくなり、ぼくはついに錦の御旗を降ろさざるを得なくなったのです。
 あまりに早すぎた、それが世間の評価でした。そして、ぼくは「レザール・サンテ」時代の自分を封印して今日まできたのです。
 
 もう一度やってもいいのかもしれない。ふっとそう思いました。自分が学び、発展させてきたものをこの地で集大成できるのではないか。
 隣に地場野菜の産直場があります。奈良にしかない肉類や特産物も集まってきます。いわば、大きな市がたつのです。それらを活用したカジュアルなレストランがあって、その上座により高度な技術と理論、芸術性を持ったフランス料理店ができるとするなら、ここはまさしく「まほろば」となる。

「常盤」とは「変わらない様子」を表す言葉だといいます。でも、まだここにはなにもありません。これからぼくたちが作っていくのです。だから店名はあえて「トキワ」にしました。現代の遣隋使たちが持ち帰ってきた文化を、既存の文化と融合させて新しい歴史とする。それが「トキワ」への道です。
 「悠々として急げ」これは開高健の名文句ですが、ぼくたちは大和三山を仰ぎ見るこの歴史ある土地で、今、そのような大きな第一歩を踏み出そうとしています。)
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by chefmessage | 2013-03-12 19:46