ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


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迷い道

 奈良の橿原市に、JAならけんが経営母体の「まほろばキッチン」という施設が先月の14日にオープンしました。これは、いわば巨大な「道の駅」で、奈良県産の野菜や特産物の売り場がメインなのですが、それに120席のカジュアルなレストランと、22席の高級レストランが併設されていることが特徴となっています。その両方のレストランの総料理長を、なぜかぼくが務めることになりました。
 就任の要請があったのは去年の11月で、オープンまで半年もなくて、なのに実質、何も決まっていない状態だったので、これは無理だろうと判断して、ぼくは一旦はお断りしました。自分の店もあることだし。
 でも、JAとの橋渡し役だった元ミーツリージョナルの名編集長、ご存知「だんじりエディター」の江弘毅氏が、「ミチノさんしかやる人いてへんから。」と例の調子で、半ば強引にまくしたてるので、とにかく相棒を探してみるかとイタリアンの重鎮、親友の鈴木勤くんに相談したところ、なんと彼が引き受けてくれることになったので、話は一気に現実化しました。
 その後、数々の紆余曲折を経て、なんとかオープンにこぎつけたのですが、いざ幕を開けてみると、両レストランともに大盛況。鈴木くんが責任者を務めるバイキングレストランは、オープンの11時にはすでに長蛇の列、ぼくが主に担当するフレンチレストランは連日、予約で満席。おかげで、ぼくは毎日、奈良と大阪福島区を往復、鈴木くんは全く休みが取れません。二人合わせて115歳コンビ、体力・気力ともに限界ギリギリの毎日です。
 そんなわけで、世間の注目度は高いようでいろんな取材もあるのですが、その度に聞かれることは、「ミチノさんは奈良と何かご縁があったんですか?」ということ。毎回同じぼくの答え。「全くありませんでした。」。
 でも、発見は毎日あります。
 いつも産直の売り場が開店する前に、ぼくは野菜を見てまわるのですが、ある日びっくりするようなグリーンアスパラを見つけました。それは随分立派で、先っぽまでまっすぐで、一目惚れ。早速、厨房に持ち込んで茹でて食べました。太くて大きいのに全然筋っぽくありません。みずみずしくて、甘くて、生命力にあふれている。何じゃこれは。そこでぼくは、生産者のところまで出かけることにしました。「まほろばキッチン」から車で10分。島岡鈴子さんという方のビニールハウスは、そんな近くにありました。
 前もって連絡しておいたので、ご本人が出迎えてくれました。早速ハウスに入れていただくと、中は有機肥料の独特の臭いが漂い、そのうえに蒸し暑い。でも、生えているアスパラは、どれもこれも逞しくて、まるで天に向かって声をあげているようです。島岡さんに苦労話をいっぱい聞きました。土を改良してここまでくるのに14年もかかったこと、農薬をゼロにしたいけど、あと一歩のところで悔しい思いをしていること、あるいは、おおきくなると規格外の扱いになるので、逆に値段をたたかれること。
 「だからわたし、65歳になる今まで、ずっと貧乏ですねん。」と、タオルで顔の汗を拭きながら島岡さんは言います。でも言葉とは裏腹に島岡さんは随分楽しそうです。ぼくはその時、和歌山の脇田さんのことを思いだしていました。
 脇田さんは、だしを取ったあとの昆布と鰹節を、大阪の有名な昆布やさんから引き取って、それを肥料にしてトマトを作っています。それは桁外れに甘くて、生命力に満ちあふれたアイコトマトです。でも、完熟なので大手の販売元では扱ってくれません。だから販路が限られている。それに完熟まで採取しないから割れがいっぱい出てしまいます。とても割りにあう仕事ではない。なのに脇田さんはあっけらかんと「貧乏で嫁はんに逃げられました。」と仰る。
 ぼくは脇田さんのアイコトマトは日本一だと思っています。そして、島岡さんのアスパラも。
 なんでそこまでやるんですか?やればやるほど貧乏になるのに、何故あなたたちは進もうとするんですか?
 でも、これはぼくのこころにもある問いなのです。JAとの仕事も、労力や経費に比して換算すると、得られるものは決して多くはありません。鈴木くんもそうです。ぼくたちはいつもやり過ぎてしまう。そして、ふと立ち止まったときに考えこんでしまう。「どこで道を間違ったんだろう。」。せめて家族には、もう少し恵まれた生活をさせてあげたい。できれば従業員にも、もっとお給料あげたい。こんなに一所懸命働いているのに、何故それができない?途方にくれて、出るのはため息ばかり。でも、ほかにしたい仕事も見つからなくて。
 答えは未だに見つかりません。そういう人間だから、そう思うほかはないのでしょうか。
 ただ、こころのどこかで、自分の仕事は他のだれにもできない仕事だとは思っています。そして、まだ自分にはやれることがある、とも。
 最後まで、ぼくたちは歩み続けるのでしょう。どこかであきらめながら、でも、あきらめきれずに。それは自己満足にしか過ぎないかもしれないけれど、多分、そういう自分の仕事がぼくたちは好きなのでしょう。
 西原恵理子さんが、「生きることは仕事をすること」と何かに書いていたけれど、そういうことなら、ぼくたちは生きることが好きなんだろうな、と思います。だから、脇田さんも島岡さんも、笑いながら苦労話ができるのでしょう。
 ひょっとすると、この道は迷い道ではなくて、けっこう真っ当な道なのかもしれません。
そして、ぼくたちが見る最後の空は、きっと、どこまでも澄んだ青空であるような気がします。
 
 
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by chefmessage | 2013-05-22 18:40