ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


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ヨシノさんのこと

 ヨシノさんは、ぼくの釣りの師匠です。何年間か毎週、いっしょに釣りにでかけていました。場所は、神戸の沖合いにいくつかある防波堤です。
 渡船で行けるのは主に4箇所で、それぞれ5防、6防、7防、8防と呼ばれていて、手前から順番に沖に向かって浮かんでいます。長さは大体1キロから4キロくらい。そこに渡って、迎えの船が来る時間まで釣りをするのです。
 それまでも、ぼくは釣りの本を読んだり、情報誌を眺めたりして、ひとりであちらこちらに釣行していたのですが、これがさっぱり釣れない。というのも、釣りというのは、その場所場所によってポイントがあり、また道具や仕掛け、あるいは餌までちがっていたりするので、一箇所に通いつめて学習しないと良い結果は得られないのです。
 上達への一番の早道は、その場所に精通したベテランに指導を仰ぐことなのですが、釣り師というのはやっかいな人種で、よほど懇意にならないと手の内は明かしてくれません。中には、偽の情報を流してかく乱する人もいて、多分、縄張りを荒らされたくないということなのでしょうが、そこまでしなくても、と思うことも度々ありました。

 ヨシノさんを引き合わせてくれたのは、ぼくがいつも仕入れをしている魚屋の社長でした。「この人、釣りが好きやねんけど、さっぱりよう釣らんねん。ヨシノさん、教えたってえな。」。見ると、同じ時間帯にその魚屋で顔を合わせる人でした。料理人にしてはお洒落なたたずまいで、印象に残っていたのですが、話してみると定休日が一緒だったので、ほな一回、一緒に行こか、ということになりました。
 その魚屋の社長に言わせると、「うちの難しい客の上位3人のうちの二人」が、ぼくとヨシノさんということで、なかなかヘンコやで、と聞かされていたのですが、ぼくたちはそれから、毎週連れ立って釣りに行くようになりました。偏屈モノ同士、気が合った、ということなのでしょう。

 ヨシノさんは、こと神戸沖の防波堤の釣りに関しては生き字引でした。どの時期に、どの防波堤のどの場所でどんな魚が釣れるか、どの仕掛けと餌がいいか、懇切丁寧に教えてくれました。釣り道具屋から餌屋にいたるまで、手の内をすべて明かしてくれた。ただし、独特のルールも持っていました。それは、自分のことは自分でする、ということ。
 餌や道具に関しては、貸し借り厳禁。経費はすべて割り勘。移動は基本的に自分の車ですること。これは、万が一事故にあったとき、相手の分まで責任が持てないから、という理由でした。確かに気難しいところがあって、こちらの軽口に本気で腹を立てる、ということもありましたが、ヨシノさんとの釣行はほんとに楽しかった。黄金時代だったと思います。
 でも、そんな蜜月もいつか終わるときが来ます。営業上の都合から、ぼくが店の定休日を変更せざるをえなくなったからです。ヨシノさんは不機嫌でしたが、でも、仕事は大事にせないかん、ということで理解してくれました。
 その後もヨシノさんは、市場で会うたびに、どこそこの波止(防波堤)でアレが釣れてるで、今はあそこがエエで、行っといでや、と教えてくれました。

 そのヨシノさんが、あまり市場に姿を見せなくなりました。ヨシノさんは独学で料理人になった人で、料理を提供するスタイルは和・洋混在のおまかせコース一本、それも選びぬいた高級食材しか使わない人だったので、仕入れに来ないのはおかしいな、と思っていたのです。その矢先、ヨシノさんから電話がありました。
 「道野くん、ぼくな、病気で入院してな、店も閉めることにしてん。」。
でも、どんな病気かは、何度尋ねても言ってくれません。入院先も教えてくれない。それどころか、見舞いにも来てくれるな、と言います。そして最後に、
「道野くん、一緒に釣りに行けて楽しかったわ。奥さん、大事にしいや。」

 その後、ヨシノさんが末期の肺ガンであったこと、どうやら亡くなったらしいことが噂になって流れました。でも、だれ一人、真相を知らない。
 そういう身の引き方があるのか、と驚きました。いつの間にかいなくなる。
ヨシノさんらしいな、と思いました。常々、「いいものを出していたら、客に媚びへつらう必要はない」、と公言していたほどプライドの高い人だったから。孤高の人だったから。
 ぼくも、いつしかヨシノさんのことを忘れていくのでしょう。でも、その前にやっておかなければいけないことがあります。
 ヨシノさんは、どれだけ親しくなっても、絶対に自分の釣りのポイントは譲ってくれませんでした。そして、とっておきは秘中の秘、だった。
 そのヨシノさんが、電話の最後に耳打ちしてくれました。それは、
 「何月になったら、何防のどこそこで1匹だけ馬鹿でかいアコウ(小豆ハタ、高級魚)が釣れる。時合いは夕方、タナ(ウキ下の深さ)はこれだけで、エサはこれこれや。そのことは、ぼく以外、だれも知らん。アンタには教えたげる、行ってみ。」。

 いつかその場所で、ヨシノさんのことを思い出しながら、ぼくは竿を出そうと思います。
 
 
 

 

 
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by chefmessage | 2013-07-27 15:54