ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


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天国の扉

 先月の29日に、以前このページに書かせていただいたライターの団田芳子さんの、ファンクラブの新年会が当店で催されました。
 このファンクラブ、正式名称は「団田さんを囲む会」というらしいのですが、とにかく構成するメンバーが錚々たるお歴々で、そのうえ、食にこだわる方ばかり。そればかりか、何故かキャンセル待ちが出るほど参加者が増えて、相乗効果でみなさんの期待感がふくれあがり、結局一人のキャンセルもないまま満席御礼で当日に突入することになりました。
 結構、過大なプレッシャーを感じないわけにはいかなかったのですが、それにまともに応えようとすると我を失って、うわすべりしてしまう可能性があったので、ぼくは平常心で臨むことを念頭においてその日を迎えました。
 そして宴の始まり。
 でも、いざ料理に取り掛かったら、これがなんだかスムーズに流れていくのです。自然なリズムができあがって、それにそって粛々と進んでいく。来たな、とぼくは思いました。
 毎日毎日、料理を作り続けていると、ごくたまにこういうことが起こります。
 お客様の、サーヴィスの、料理人の呼吸がひとつになる。ひとつの方向に、全員の気持ちが向かっていく。歓びがその場にいる全員に等しく共有されて、高まっていく。
 お断りしておきますが、ぼくは決して神秘主義者ではありません。むしろ、宗教的な事柄に関しては人並み以上に客観的です。なにしろ、大学の神学部で「比較宗教学」を勉強していた人間ですから。でも、こういうときには感じるのです。なにか別の力が働いているのではないか、と。
 いろんな偶然が重なり合った結果なのだと思います。でも、その心地よさが、たまに訪れる「祝福された時」が、ぼくの料理人人生を長らえさせているのではないか。
 本来の実力以上の力が発揮される瞬間、それが評価され全面的に受け入れられることへの快感。
 めったにあることではないし、それを期待されても困るのです。でも、だからこそ、やめられへんな、と思ってしまう。今回は幸いにも、それが起こったということでしょう。
 そして、もう一つ、ぼくにとって感動的な出来事が同じ日にありました。

 団田さんファンクラブに、プロのチェロ演奏家の庄司さんという方がおられます。この方が当日、興に乗ってチェロを弾いてくださることになりました。その時、ぼくは厨房にいたのですが、マネージャーの原が、「シェフに聞いていただきたい、とおっしゃってます。」と、ぼくを呼びにきました。早速、ホールに出ると、庄司さんが演奏し始めたその曲は、専門のクラシックならぬビートルズのナンバー「ヘルタースケルター」。
 ぼくと庄司さんはFacebookのお友達なのですが、以前ぼくがポール・マッカートニーのコンサートに行ったときの感想を書いた投稿を読んでおられたのでしょう。その内容はこうでした。
 「ヘルタースケルターを聞いているとき、ぼくは随分前に亡くなった弟のことを突然、思い出しました。音楽好きの彼と聞きたかった。きっと彼も喜んだだろうと思えるほど、それは素晴らしい演奏でした。」。
 わざわざチェロ用に編曲してくださったのでしょう。庄司さんの「ヘルタースケルター」は見事で、圧巻でした。背筋がぞくっとするほど。
 そして、その時もぼくは思ったのです。おい、聴いてるか?やっぱり音楽はエエよな。
 もちろん、ぼくだけのために演奏してくださったわけではないと思います。でも、うれしかったな。
 
 楽器を演奏すること、料理を作ること、ともに小さな仕事だとぼくは思います。本来、大量生産できるものではありません。ごく限られた人数に対して、一期一会で提供するもの。決して生産的な仕事ではないし、経済的な効率もはなはだよろしくない。
 でも、演奏家も料理人も、一生の仕事としてそれに懸命に取り組みます。誰かに命令されて、あるいは仕方なくてするものではありません。ただひたすら努力をする。なぜなら、努力すればするほど、人を感動させられると考えているから。

 ぼくは家族をこころから大切に思っています。友達も大事にしたい。でも、やっぱり、人は一人で生まれて、一人で死んでいく。そればかりはどうしようもないのです。
 だから、せめて生きているあいだは、いつも他人と良いかたちで関わっていたい。そして、励まし、励まされたい。そのために、ぼくたちは優れた演奏家や料理人でありたいと願っているのです。自分が、人を感動させられる手段を持っている、それがぼくたちの誇りだから。

 ぼくは庄司さんの演奏で大いに励まされました。感謝の言葉をいくつ並べても足りないくらい。そして、あの日、ぼくも同じく、集まったお客様を勇気づけることができたと思っています。
 天国の扉をいつも開けれるわけではありません。でも、この手にぼくは鍵を握っている、そう実感できた一夜でした。そして、そう感じることができたのは、あの日、ぼくの店に集まってくださったお客様全員のおかげだったと思います。
 ありがとうございました。次は、もっといい料理が作れるように頑張ります。
 
 
 
 
 
 
 
 
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by chefmessage | 2014-02-09 11:44

地図のない旅 3

先日、親友の山口くんから予約の電話がありました。彼は、神戸のレストラン「パトゥ」のオーナーシェフです。是非、ぼくのお店に行きたいという女性がいて、その方と食事に伺いたいのですが、ご都合はいかがでしょうか。どうぞ、どうぞ。すると、その女性はミチノさんの知り合いです、と言う。しかも妊娠中と言う。誰?と尋ねても山口くんは答えてくれません。その日のお楽しみ、ということで。・・・なんか、気になるなぁ。

 そして、その日がやってきました。果たしてその女性とは・・・前にブログに書いたこともある、大阪は新町のフランス料理店「バレンヌ」のオーナーシェフ、木村圭子さんでした。お腹はまん丸。聞くと、もうすぐ生まれる、とのこと。
 そういえば、彼女から葉書が来ていたのを思いだしました。1月より3月まで、出産のため休業、4月より営業再開。彼女、いつの間に結婚したんやろ、それよりも、その勇気に驚きました。素直に、エライなあ、と。
 彼女の料理は、今風ではありません。でも、着実なフランス料理です。そして何より、フランス料理が大好き、という雰囲気が横溢していて。それが、山口くんと共通している。
 その彼女、出産にあたっては随分反対されたそうです。子供を産むなら店は閉めるべきだ、とか、どっちつかずで料理がおろそかになる、とか、子供産んで育てる片手間に店なんかするな、とか、あげくのはてに、子供がかわいそうだ、とか。
 そういうことを言うのは、主に同業者だったというのを聞いて、ぼくは非常に腹立たしく思いました。同業者なら、むしろこぞって応援すべきではないのか、と。

 近頃はどこのレストランでも女性の従業員が多い。調理師学校でも、女性の比率は、かなり高いはずです。うちの店でもスーシェフは女性です。5年勤めてくれていて、この頃は、随分頼りになる存在になっています。結婚しても、子供うまれても、うちの店は辞めんといてね、とお願いしているくらい。
 でも、実際は、多くの女性の調理師が、あるいはサーヴィスやソムリエールの仕事をしている人たちが結婚を期に辞めていきます。ぼくはそれが残念でならない。確かに時間は長いし、肉体的には辛い仕事かもしれません。でも、才能ある人たちが去っていくのを見送るのは悲しいもんです。
 だから、木村さんの勇気にぼくは感動すら覚えたのです。
「店を子供みたいに大事にして育ててきたら、ほんとに子供が出来て、でも、どっち取るって言われても、どっちも捨てられないじゃないですか。」。その通りだとぼくは思いました。彼女がお手本を示したら、日本における女性シェフが続々誕生ということになるかもしれない。ぼくはそれは本当に素晴らしいことだと思います。うちのマダムに聞くと、出産後の体調は人それぞれだから、あんまり頑張れなんてプレッシャーかけてはいけない、ということでしたが、それならそれで、方法を探せばいい。ぼくにできることなら、精一杯力になりたい。
 ここにも地図を持たない旅人がいる。ぼくは、彼女と知り合いであることを誇りに思いました。

 事前の電話で、妊娠中なので生ものは避けてください、と山口くんに言われていました。こちらもそのつもりで、料理には気配りをしました。でも、ヴォリュームは変えませんでした。なぜなら、山口くんが大食いで、彼女が持て余したら、彼が食べるだろうと考えたから。料理はすべて山口サイズ(通常の1,5倍)で2人前。大丈夫かな、と途中で見にいったら、なんと妊婦さん、山口サイズを完食!
 大丈夫やで、木村さん、そんだけ食べれたら。なぜか、おおいにほっとした夜でした。
 
 
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by chefmessage | 2014-02-04 12:48