ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


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25年目の述懐


 以前、何かの雑誌の対談記事で、フランスのレストラン「レスペランス」のマルク・ムノー氏がこんなことを言ってました。「ひとつの道を究めることができたら、いろんなことがわかるようになる。方法論は、どの分野でも似通っているものだから。」。
ぼくは自分がひとつの道を究めたとは思っていないけれども、彼の言わんとすることは解るような気がします。自分の中にぶれない軸があれば、色んな事象を客観的にとらえることができると思うからです。ぼくは今の仕事に就いて以来ずっと、様々な出来事を、料理人という目で見て、分析し、捉えてきました。
 だからと言って、ぼくは自分の子供に、ぼくと同じように料理人になってほしいとは全く思っていません。こんな辛い仕事をさせたいとは思わない。何より、その労力に値する経済的恩恵を受けることができない、というのは、生きていくうえで、とても厳しいことだから。彼等は彼等で、自分の道を見つければいいのです。
 でも、ぼく自身は、この仕事に就いて「救われた」と考えています。

 ひたすら我の強かったぼくは、子供の頃から問題児でした。容易に人の説諭を受け入れない頑なさも持ち合わせていたから、いろんなところで衝突を繰り返していました。ちょっと難しい家庭環境も作用していたのでしょう。ぼくはいつもそんな自分を持て余していました。「自分とは何なのか?」あるいは「何のためにこの世に生を受けたのか」がわからなくて、いつも自問自答を繰り返して、一時期はほとんど学校にもいかず、手当たり次第に本を読むだけの生活をしていたこともありました。このままでは答えは見つかりそうにない、そう観念したぼくが大学卒業と同時に「料理人」の世界に飛び込んだのは、当時のぼくにとって、料理がまったく縁のない世界だったからです。ぼくは自分にとって不可能としか思えない世界に敢て身を置くことで、自分自身を「固定」しようとした。そして、何度も放棄しようとする心をなだめすかしながら、明日へとかすかな希望を繋ぎながら、ぼくは自分の軸を作っていきました。
 やがて、ぼくは「料理人」になった。
 すくなくとも、モノを作る、ということに関してはプロの目を持つことが出来るようになったと思っています。すなわち、良いものと悪いものの違い、まがい物と本物の違いを少しは見極められるようになりました。それは料理の世界のみならず、他の分野においても多少は有効であるようで、そのことでぼくは随分と精神的に楽になりました。だから、
 ぼくは料理に出会って救われた、と思っているのです。
 でも、気がついたら独立してから25年がたち、ぼくは60歳になってしまいました。残念なことに、ぼくの料理人生命は残りわずかになってしまいました。でも、残りわずかになったからこそ、大事にしたいとも思っているのです。

 以前、このブログにも書いたことですが、今年の3月に、たくさんの料理人に還暦のお祝いをしてもらいました。ほんとにたくさんのシェフたちが持ち出し覚悟で料理を提供してくれました。そして、終盤、ぼくが挨拶をし終わったとき、全員が集まってぼくを胴上げしてくれました。それは、まったく予定になくいきなり自発的に始まったのですが、全員が純粋にこころからぼくを持ち上げてくれているのを感じて、ぼくはこころに誓ったのです。こんなに多くの料理人が自分の将来をぼくに見てくれているのなら、ぼくはもう後には引けない。必ずもう一花咲かせてみせる、と。

 先週のことですが、ある雑誌の取材で、現代スペイン料理「アコルドゥ」のシェフ、川島宙君と対談する機会がありました。お互いの料理を2品ずつ食べて、その感想を述べ合ったりして、本当に有意義で楽しい時間を過ごしたのですが、最後に川島君がぼくにこう尋ねました。「シェフ、どこまで行くんですか。」。ぼくは答えました。「行けるところまで。」。
 でも、ぼくはどこかに辿りつけるとは思っていません。ぼくはこころざし半ばで力尽きるでしょう。それはそれでいいのです。料理に到達点なんてないのだから。

 昔読んだ夢枕獏の小説で、こんな伝説が挿話として紹介されていました。年に一度、晴れた日に、エベレストの山間を鶴の群れが渡っていくことがある、それを目にする幸運に恵まれた者はほとんどいない。
 それを読んだとき、その光景がありありと目に浮かびました。真っ白な静謐の世界を、白と黒と赤を纏った生き物が移動している。羽ばたきに風は鳴っているか、たがいに啼き交わす声は響いているか、あるいは、荘厳な山の気配がそれらすべてを吸い込んで、沈黙と光のみが世界を支配しているか。
 見れるものなら見てみたい。でもそれは、山頂に身を置いては見ることは叶わないのです。山頂にあるのは、ただ茫々と空。だったら、ぼくは途上で息をこらしてそれを見てみたい。

 25年は、アッと言う間だったような気がします。でも、ぼくにはまだ行く道があります。ぼくは料理人になってよかったと思います。そして、最後まで料理人であることを願っています。
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by chefmessage | 2014-09-15 15:57