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ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


by chefmessage
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野菜の祭り

 近頃取材ラッシュで、雑誌のみならずTVの「ちちんぷいぷい」にまで出演のはこびとなったのですが(12月12日放映分、午後5時くらい)、やはりとりあげられるのは野菜の料理が主で、それはうれしいことなのですが、ともすれば野菜専門店とか野菜料理店という風に紹介されるのには正直いってとまどいを感じます。
 インタヴューを受けると必ず、何故野菜料理を?と聞かれるのですが、ぼくは野菜料理を作っているのではなくて、野菜を主素材にしたフランス料理を作っているつもりです。お肉をローストする時のように丁寧にタマネギに火を入れたり、魚を蒸すときのように工夫をこらしてカブラを調理したり。そうすることで、これまでは副素材であった野菜を主役にできないだろうかと考えて、実践しているのです。そして、そうしようと思ったのには訳があります。
 ぼくは「レストラン・ミチノ ル・トゥールビヨン」という店を15年間やってきました。ぼくも15歳年をとりましたが、お客様も同じです。なかにはご高齢になられた方もおられます。そうなると、今までのぼくの料理では辛いのです。そして、いつしか足が遠のき、ご縁がとぎれてしまう。
 ぼくは料理人として一生を終える覚悟です。ならば、お客様ともお互い最後までお付き合いしたいと思うのです。そのためには、従来通りの料理ではいけない。発想の転換が必要でした。そこで思いついたのが、野菜を主にして肉・魚介を副素材にすることでした。
 ぼく自身は正直、それほど野菜に思いいれはなかったので、勉強しなければなりませんでした。そして、勉強すればするほど日本の農業のでたらめさ、というか、将来性のないことに気づかされたのです。これではいかんな。なにより子ども達の未来が心配になりました。
 高齢者のことを思ってはじめた勉強で、子ども達にも想いが及んだのです。そして、どうせやるなら思い切ってやろう、それがレザール・サンテの出発になりました。
 肉も魚も使います。でも、主役は野菜です。その野菜は、将来を見据えて、あるいは自然を守るため、あえて困難な農法を取り入れた、熱意あるつくり手たちのものを使おう。ならば、その熱意にこたえて野菜だけのコースも用意しよう。そして生まれたのが、フェット・ド・レギューム、野菜の祭り、というコースです。
 ここまでの話だと、ミチノは高齢者と子ども達のためだけに料理を作るようになったのか、と思われるかもしれません。
 でも、そうではありません。
 話はいきなり20年前のラ・コートドールの厨房に戻ります。決意を持って渡仏したミチノ青年はおおいに戸惑っていました。カリフラワーのポタージュは、カリフラワーをソテーして水で煮てミキサーで回すだけ。グルヌイユ(カエル)の料理の付け合せはジャガイモとニンニクのピューレで、ソースはパセリのピューレだけ。アミューズのキュウリのスープは、ミキサーで回して塩味だけ。これでいいのか?こんな簡単な料理するために、こんな遠くまで苦労してやって来たのか?
 でも、連日満席です。アレクサンドル・デュメーヌ時代と同じ古臭い厨房は、それでも熱気にあふれている。出来上がった料理を置くテーブルの横ではムッシュ・ロワゾーが大げさな身振り手振りでなにやら喚きながら、こまネズミのように動きまわる料理人達を叱咤激励している。いままでの古臭い(ここで泣きまねをする!)料理ではだめなんだ、俺達はこの料理で頂点に立つんだ(こぶしを握る)、3ツ星はそこまで来てるんだ(両手を高々と上げる!!)。
その時、その厨房で生み出されていたコース料理の一つに、フェット・ド・レギューム、野菜の祭りという野菜ばかりのコースがあったのです。
 その後、その厨房は超近代的な調理場に生まれ変わりました。ぼくたちが寝泊りしていたぼろい部屋は、居心地のよい豪華な客室となりました。エレーヌというキュートな女の子がいたキャフェは買収され、ラ・コートドールの広々とした駐車場になりました。そして、3ツ星は降臨し、彼はフランスで一番テレビ出演の多いシェフになりました。
 でも、ぼくは2ツ星、3ツ星間近のあのときにあの場所に居れたことを幸せに思います。あそこには、まぎれもない輝ける明日があった。ぼくがひたすらパセリの葉っぱを摘んでいたとき、ムッシュが来て、おい日本人、それがキュイジーヌ・ナチュール(自然の料理)だ、覚えて置けよ、と言ったその言葉を、ぼくは今なら完璧に理解できます。そして、いまなら自分のフェット・ド・レギュームを作って、人を感動させることができる。
 だからぼくは、自分の料理の明日をそれに託すことにしました。同時に、今ぼくがつくっている料理、作ろうとしている料理は、自分の子ども達にも、自分自身にも、そしてぼくの両親にも明日の元気のもとになるものであってほしいと願っています。もちろんそれは、来てくださる皆さんに対してもまったく同じことです。
 ミチノは一体どないしたんや、とよく言われます。でもぼくは、死ぬまでフランス料理の料理人です。

レザール・サンテ!  オーナーシェフ 道野 正
by chefmessage | 2006-12-18 03:18