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ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


by chefmessage
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A氏について。或いは「王様と私」。

 A氏は、ある製薬会社の会長さんなのですが、何故かうちのお店を気に入ってくださって、頻繁にご利用いただいています。本当にありがたいお客様であるとともに、個人的にも大いに尊敬できる方で、知り合いになれてよかったとこころから思える方のお一人です。見た目は、温厚でおしゃれな、折り目正しい紳士、といった感じ。なのですが、親しくしていただいているうちに、色々とユニークなこだわりをお持ちであることに気がつきました。これが結構面白い(すみません!)。それを現す一つの例が車でしょうか。

 大切なお客様と会食でご利用なされるときは、送迎のこともあり、ショーファー付きの社用車で来られるのですが、これがメルセデス・SクラスのAMGです。色は黒で、うしろの窓はスモーク、とここまではまあ我々の認識の許容範囲なのですが、よく見るとこの車、エンブレムというかバッジというか、その類が一切ついてないのです。まず、本来ボンネット上に屹立して、運転していても常にその存在を知らしめるあの三ツ矢サイダーのようなメルセデスのアイコンがない!リアにもサイドにも、メルセデス・ベンツどころかAMGのバッジすらない。排気量を現す数字もない。で、かつてあったはずのものをはずした痕跡はすべて黒のパテで埋められてあるのです。
 最初その車を見たとき、何かわかりませんでした。メルセデスのAMGだと思うんだけど、頭が受け入れない。かえって異様な雰囲気、というか威容に圧倒されて。
 一時、普通のメルセデスにAMGのバッジをつけるというフェイクがはやりましたが、それくらい憧れのブランドを証明する印を敢えてはずして、無粋な黒のパテで埋める、というのはどういうことなんだろう。

 我慢できず、ご本人にお聞きしました。
笑顔で返ってきた答えは、「(日産の)シーマに似てるでしょ。」
 なんと、あれはギャグなんや。この人、二千万の車で遊んでるんや。
 スレスレの線かもしれません。かえって嫌味ととる人もいるかもしれない。でも、権威に乗りながら、同時にその権威を拒絶するという諧謔はユニークだと僕は思います。稚気も漂っているような気がするし。だって普通、できないでしょ。どうだ!みたいなメルセデス・AMG乗りがほとんどじゃないですか。その素晴らしさは認めるけれど、だから僕などはメルセデスが嫌いなのですが、このシーマ仕様のAMGはちょっと素敵でした。昔観た、「王様と私」という映画のユル・ブリンナーをなぜか思い出したな。王様らしくない本物の王様ってかっこいいでしょ。

 でも、A会長にまつわる一番記憶に残るできごとは、雪中の北海道旅行です。
あれは、レザール・サンテにお店を改装しているときだったから、2年前になります。A会長が、今なら時間があるだろう、なら北海道に行こうと声をかけてくださいました。札幌に社用で出張するからついでにみんなで食事に行こう、と。詳細はわからないまま待ち合わせの時間に伊丹空港へ行くと、そこにA会長の会社の名物営業本部長O氏が待ちかまえています。二人でとりあえず飛行機に乗ると、機内には会長の懐刀、Y氏もおられます。これはオールスターやな、と思っているうちに離陸。しばらくすると、隣席のO氏が機内ショッピングのカタログを見始めて、さて何を買おうかな、と呟いています。え、Oさん、こういうの買うんですか。するとO氏は、以前に購入したゴルフ用グラブの話を始めました。磁気でこりをほぐしながらプレイが出来るというので買うたんやけど、ゴルフやってるうちに手が痛くなって、おかしいなと思って脱ぐと、磁石が取れて手にささっててん、あれには参ったな。とかなんとか。馬鹿話に笑い続けているうちに気がつくと、機は着陸態勢に。飛行機が完全に停止するまで席を立たないでください、というアナウンスがあってもいつものように皆さん荷物おろしたり早々とコート着込んだり。で、ふと隣席を見るとO氏の姿がありません。あれ、と思って見回すと、O氏はすでに出口の前で直立不動で待機。新千歳空港到着後、JRで旭川に向かうのですが、その車内でも、まもなく旭川終点です、というアナウンスがあったときには、O氏はすでに着込んだコートの襟を立て、荷物もしっかり持って出口の前にいました。まったく気の短い人です。
 さて、旭川で待ち構えていたO会長と僕たち3人はハイヤーに乗り込みました。2月の旭川は大雪です。この時点でやっと僕は行き先を察知しました。そう、僕がかつてシェフをさせていただいていたハーヴェストロードハウスです。およそ17年ぶりの訪問。

 そう言えば、以前O会長が旭川医大の先生とここで会食されて、その場から電話してくださったことがありました。その時、「ミチノ君、ここのオーナーと仲悪いの?」と聞かれました。どうも、君のことで会話するのを避けているようだけど。
 そう。17年前、僕とこのレストランのオーナーで、有名なハンターでもある宮下隆宏氏とは、互いの気持ちの行き違いで、あまりいい別れ方をしていません。それが、その後の長期間の音信普通につながったのですが、そのことと今回の旅行の関連がわからない。でも、ハイヤーはしんしん降り積もる夜の雪の中を走って行きます。A会長のお話によると、今、ハーヴェストは予約のみの営業で、宮下氏がシェフも兼ねているらしい。あれ、彼、料理できたかなぁ。正直言って、あまり食べたくないなぁ。時々、ハイヤーが雪でスリップします。Y氏が身をすくめ、O氏が運転手さんに、急がなくていいですよ、と彼らしくない事を言ってます。やがて、雪明かりの中、懐かしいハーヴェストの姿が浮かびあがります。あれから17年。でも、ここで過ごした日々が昨日のことのようによみがえってきて、胸のあたりが少し苦しくなります。ハイヤーを降り、雪を踏みしめて店内に入りました。年月に応じた古び方をしているけど、やっぱり懐かしい。出迎えた宮下氏が僕を見て、目を丸くして言いました。「勘弁してくださいよ。」。

 ミチノさんに食べてもらうような料理じゃないですよ、と彼が言うのを、でも、そのためだけにここまで来たんやで、と押し切って、まず一皿目。フォアグラ入りコンソメ。今いちかなぁ。次。キャベツで包んだ巨大な帆立貝のソースアメリケーヌ。あれ?メインに蝦夷鹿のソースポワヴラードときのこのソテー。鹿のキュイはきっちりセニャン。ソースの濃度もコクも骨太で堂々としている。ガロニのきのこのソテーも上出来。上手やん!おいしいやん!!驚いている、そんな僕の顔を見て、A会長は笑っています。デザートとハーブティーの後、宮下氏、再び登場。すかさず僕は言いました。「料理、おいしかったで。」「またぁ、お世辞言わないでくださいよ。」すかさずA会長がつっこみました。「ミチノ君がお世辞言う人間かどうか、あんた、よく知ってるやろ。」。宮下氏の顔がパアッと明るくなりました。すごくうれしそうだった。それを見て、来てよかった、と僕は思ったのでした。ひとしきり雑談かわして店を出たとき、僕のこころは、マイナス10度近い冷気の中にあっても、なにやらあたたかだった。あの夜の出来事を僕は一生忘れないでしょう。そして、出張だ、と言いながら名脇役を二人も配し、僕と宮下氏の和解の一瞬のために全てを計画してくださったA会長の実行力と懐の深さに、感謝を通り越して、畏怖すら覚えました。やっぱり王様はスケールが違うな、だって会長、あきらかに面白がってたんだから。

 それが証拠に、本来の目的であったはずの、翌日の札幌での病院への挨拶は、僕が駅ビルのスタバでコーヒー飲んでる間に終わったのでした。

 ずっとウチのお店の常連様でいていただきたい、だから僕は自分の職務に忠実であり続けようと思います。お客様が料理人を育ててくださる、その気持ちをいつまでも忘れずにいたい。それにしてもA会長、プライベートカーのポルシェカイエンターボのバッジまではずして、黒のパテで埋めるなんて、ホント、「勘弁してくださいよ。」。 

レザール・サンテ!  オーナーシェフ 道野 正
by chefmessage | 2008-02-18 03:45