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ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


by chefmessage
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パン屋の西川さん

 西川さんは、ブーランジェリー・コムシノワのシェフです。昨年秋、神戸のエスパスの7周年記念パーティーで始めてお会いして、いきなりパンをいっぱいいただきました。これもどうぞ、あれもどうぞと笑顔ですすめてくれるので厚かましく貰って帰ってきて、翌日は定休日だから朝ゆっくり起きて、思う存分食べようと楽しみにして眠りにつきました。

 翌朝、娘のノンタン7歳が、寝ているぼくに「パパ、パン食べていい?」と聞くので、まだ起きたくないぼくは早く会話を終わらせたくて、「いいよ。」とだけ答えました。

 さて、子供たちはみんな登校して、マダムもお出かけで留守の静かな休日の朝、目覚めたぼくは、さあパン食べようとやる気満々、でも、ダイニングテーブルの上にパンは3個しかありません。あせって探すのですが、やっぱり3個しかない。どうやら子供たちが食べつくした様子。子煩悩では誰にもひけをとらないぼくですが、これにはいささか腹がたちました。おれが貰ってきたのに。楽しみにしてたのに。
 でも、3人の子供たちがわいわい、これおいしいね、あれおいしいね、と言いながらパンを頬張る姿を想像したら、まあいいか、という気になりました。いや、むしろ、うれしくなりました。そして、今日食べたパンが、ぼくの子供たちの血となり肉になったんだ、と思うと、なんだか感動すら覚えてしまった。だから、その思いを感謝とともに、西川さんに手紙に書いて送りました。

 数日後、朝、ぼくが店に行くと、厨房の若い子が冷凍庫の整理をしていました。どうした、と聞くと、冷凍庫にパンが入りきらないから、と言います。なんでそんなにパンがあるねん、いや、今日届いたんです。見ると、大きな段ボール二個分、冷凍になったコムシノワのパンがぎっしり。てっきりぼくが注文したんだと思って、冷凍庫にしまおうと悪戦苦闘していたようです。どれくらいあるんだろ、と思って出しても次から次から色んなパンが顔を出す。いっぺんでは食べれないだろうと、冷凍にしたのを送ってくれたのでしょう。最後に中から、茶色の鉛筆書きの手紙が出てきました。これで、ミチノさんも思う存分食べれるでしょう、なんてことが書かれてある。ほんとうにうれしかったな。パン屋の西川さんは、そういう人です。

 今年になって、西川さんが食事に来てくれました。ぼくはどんな料理人が来ても平常心を失わない人なのですが、緊張しました。あんなおいしいパン作る人にどんな料理出せばいいのだろう。結局、いつも通りに行くのが自然でよい、という結論に辿り着いてほっとしたのですが、(誰にでもそういう結論に達するので、悩むだけ無駄、ということはわかっているのですが。)料理出し終えて、満足そうな西川さんを見て、肩の荷が下りた気分になりました。その後、雑談している時に聞いたのですが、西川さんはコート・ドールの斉須シェフと親交があって、時々パンを送るらしい。でも、送る度に、お返しでシャンパンとか長文の手紙とかが必ず返ってくるので却って申し訳なくて、あるとき、こう言ったそうです。「もうお返しはやめてください。ぼくは斉須シェフに僕のパンを食べていただきたいから送ってるんで、それ以上のことをしていただくと、もう送れなくなります。」
 それからしばらくは、パンを送ってもお返しはなかったらしいけど、何度目かにやっぱり手紙が来た。そこにはこうしたためてあったそうです。「あなたのパン食べてると、どうしても、ありがとうと言いたい気持ちが沸き起こってきて、とめられなくなるんです。」。
 いい話やなあ、と思いました。そして、斉須シェフの気持ちがすごくよくわかった。

 西川さんのパンには拡がりがあるのです。たかがパンかもしれませんが、こんなこともあんなこともできるんですよ、とパンが話かけてくる。すごく自由な気持ちになります。そして、料理人の自分も、そういう料理が作りたくなる。いや、作れるような気持ちになるのです。だから、ありがとうって素直に思い、それをどうしても相手に伝えたくなる。
 斉須シェフとぼくは決して同列ではありません。でも、料理人としての苦闘は同じではないでしょうか。いつも追い詰められている。次はどうする、次はどうする、と。だから、気分が自由になるというのは、本当に清清しい。ありがとう、頑張ります、そう伝えたくなる気持ちは痛いほどよくわかります。
 それに、ぼくたちの料理と違って、パンって毎日食べられるから、その威力はすごいです。子供たちに毎日食べさせてあげたい。気持ちの豊かな人間に育つような気がします。
 なにより、パン屋の西川さんは、パンを作って、人に食べてもらうのが大好きな様子。それが一番素敵だと思います。
 と、ここまで書いてたら、また西川さんのパンが食べたくなってきました。また、段ボール一杯注文しようかな。次は、まず自分の分を確保してから子供たちに食べさせましょう。これを読んだ皆さんも、ぜひ西川さんのパンを食べてみてください。ちょっと幸せな気分になれると、ぼくは思います。
 
レザール・サンテ!  オーナーシェフ 道野 正
by chefmessage | 2008-03-18 03:47