マイホームシェフ
2008年 04月 18日
さて、この本の著者の一人、団田芳子さんが先日うちのお店に食事に来てくださいました。彼女とは数年前、ある雑誌の取材で、ライターとして出会ったのが初対面で、それ以来、仲良くしてもらっています。食後、その時の話題で盛り上がったのですが、どうも彼女の当初持っていたミチノ像と実物がえらく違っていて、それがひどく記憶に残ったらしい。どうちがっていたの、と尋ねると、シェフ達の多くが、こと家の食事に関しては亭主関白であるという印象を持っていたのに、ぼくは全然そういう風じゃなかった。それどころかミチノシェフの場合、帰宅したら寝ている家族を起こさないようにそっと台所に行って、奥さんが子供のために作ったハンバーグの残りを電子レンジでチンして食べるのが好き、って言うから、恐持てな人物という予想に反して、実はええ人なんやと思ってん、と彼女が言いました。でも、それって本当のことです。
奥さんの仕事量を思うと、ご飯作ってもらえるだけでもありがたい、とぼくは思っています。料理作る面倒くささは、料理人だから誰よりもわかっている。むしろいつも、こんなわがままなわたくしがお仕事できるのは素晴らしい奥さんのおかげです、とひそかに感謝しています。なのに奥さんに、例えば、冷凍物は一切禁止じゃ、とか、インスタントはご法度じゃ、などという偉そうな口をたたく料理人って、逆に信じられないなあ。そういう料理人って大したことないで、と、ぼくは思わず言ってしまいました。
待てよ、そう言えばぼくよりもっとええ人がいるよ。え、誰?と団田さんが聞くので、答えました。「ヴァリエの高井シェフ。」。
先日、日本海でガシラを大量に釣り上げたぼくは、おすそわけしようと高井君に電話しました。彼のところもぼくの店と同じで月曜日が定休日だし、家も近所だから持っていってあげようと思ったのです。ケータイに出た彼にそう伝えると、「すんません。今日は不死王閣という旅館に家族で来てるんですわ。」「え、なんで。」「いや、いつも家族には迷惑かけてるんで、時々、プチ旅行するんですわ。」。翌朝は、家族を家まで送って仕事に直行するとのこと。
彼とは時々、一緒に食事に行くのですが、決まってランチなのです。夜は家族と過ごしたいから、というのがその理由。
どうや、ええ男やろ、と言うと、団田さんも深くうなずきます。
これはぼくの独断かも知れませんが、身近な人を大切に思って初めてわかることってあるのではないか。それが出発点であるとともにゴールではないか。
感情はメトロノームに似ていると思います。行っては戻り、行っては戻り。でも、真ん中がはっきりしていないと、ぼく達はどこへも行けない。逆に、真ん中がわかっていれば、大きく振れることができる。だから、卑近と言われても、身近な人や物にあたたかい視線を持って初めて、ぼく達は確かな価値を身につけることができるのではないでしょうか。
団田さんの文章のあたたかいユーモア、高井君の料理の緊張感。ぼくはともに敬愛してやみません。
でも、ぼくが今一番敬愛したいのは、「大阪名物」に登場する樽幸のおっちゃんの作る湯桶。お風呂場に置くと、木の香りで毎日温泉気分に浸れそう。二つ買って、ひとつ高井君に進呈します。彼なら喜んでくれるんじゃないかな。皆さんもおひとついかがですか。ちなみにここの手桶、団田さんのお母さんはお花を活けておられるそうです。なんでお風呂で使わないの、と聞いたら、色々買いすぎて、全部お風呂場に置かれへんから、と団田さんは答えました。浪花女の心意気、おそれいりました。
レザール・サンテ! オーナーシェフ 道野 正