解放される日々
2009年 09月 18日
でも、新しい環境で、僕はなにをすればいいのだろうと随分思い悩み、いろんな方たちのアドバイスも受けたのですが、結論としては、むしろ自分のその時々の気持ちを素直に出していこうということに落ち着きました。
例えば、受けを狙わず自分のやりたい料理をそのまま出す、という方法があります。でも、これは実は矛盾した考えです。というのも、料理は食べる人がいて初めて成り立つものだからです。だから、料理を考えるときは、常に食べ手の反応を想定しながら組み上げていきます。その一つ一つを正確に把握して、最終的に香りや見た目なども含め破綻なく構成できる作り手が優れた料理人と評価されるのです。ただ、ここにも問題があります。その食べ手がどれほどの経験知で判断し反応するか、ということです。極端な話、まったくフランス料理を食べたことのない人か、あるいはプロか、それによって料理の組み立てはまったくちがったものになります。だから、多くの料理人は一番信頼できる人物、すなわち自分をそこにおくのです。
そのために、優れた料理人は、まず自分を磨くことに専念します。他のお店に食事に行く、いわゆる食べ歩きを熱心にする、あるいは、興味のある本を読む、興味ある人物に会いに行く、人によっては美術館巡りかもしれないし植物園散歩かもしれません。水族館に行くのもいいかもしれない。
そうしてこころのなかで食べ手である自分と向かいあいながら、料理人は料理を考え、それを現実化していきます。
おだやかな人はおだやかな料理、激しい人は激しい料理。それは成り行きとして当然のことです。また、プロの仕事というのはそういうものであるとも思います。
でも残念なことに、そのように努力しても、必ずしもその料理が商業的に成功をもたらすわけではない、というところに、この仕事の最大の難しさがあります。むしろ、そのような努力なしに、ただ単に、こんなのが今は受けるだろうと適当に考えて、適当に作ったとしか思えない浅墓なものがお客さんの評判を呼ぶことが結構あります。もちろん飲食店が料理だけで成立するものではない、という意見は承知のうえで、今回は料理にのみ的を絞って話をすすめているので、それはご理解いただきたいと思うのですが、そのような現象をまのあたりにしたとき、努力家だけど貧乏な料理人はこう考えてしまうのです。いったい自分はなんのために努力しているのだろうか、と。
正直に書きます。僕もそう思っていました。そして、自分のどこがいけないのか。才能がないのか、まだ努力が足りないのか、と自分を責め立てました。
残された時間もあまりない、そんな焦りもあったと思います。
そんな気持ちを引きずりながら、実は僕はこの福島に移ってきたのです。
だから、冒頭に書いた通り、いらいらしていたのです。
でもある日、いつもの市場でマツタケが並んでいるのを見て、ふと思いました。「こんなにマツタケがならんでいるのに、オレ、買ったことないな。」。
当然です。僕はマツタケを使ったことがないのですから。マツタケは和食で食べるのが一番いい、なにもそれをフレンチに仕立てなおすことはない、僕はこれまでかたくなにそう思っていました。多分、他のフランス料理のシェフの、マツタケを使った料理の出来の悪さにうんざりしていたこともあったのでしょう。「節操もなく受けだけ狙って。」あるいは「高い値段をとるために無理やり使って。」そんなことも思っていました。
オレって結構いやなやつだったかも、何故かその日はそう思いました。そして、いきなり反省したのです。オレは誰にでもわかるよさというものを軽視していたな、と。それって、大多数のお客様の気持ちから目をそむけていたんじゃないか、と。
こころのなかで向き合っていた相手に問題があったら、料理もおかしなものになるのも当然でしょう。だから、そのとき思ったのです。万人に受ける料理、というものを作ってみよう。これまでは、わかる人にはわかる、それが自分の個性と考えていたけれど、それが大きな欠点だったのではないだろうか。
そうして出来上がったのが、今月のメニューにある「マツタケのリゾットとフォアグラのグリエ」です。小さなココットで一人前ずつリゾットを炊き上げます。昨日来られたお客様に、「生涯、記憶に残るお料理でした。」という最上の褒め言葉をいただきました。
だから、これからはもっと素直になろうと思います。なにを今更、とお叱りをうけるでしょうが、それこそこれまでの自分に欠けていたものではないか、と思っています。
それに気づいたら、料理を考えることが楽しくなってきました。福島に来て、日々、僕は解放されつつあるような気がします。だからきっと、これからの僕の料理は、どんどんよくなると思います。皆さんも、どんどん来てください。そして、笑顔で僕に力を与えてください。その力で、僕は皆さんを必ず元気にしてさしあげます。
でもね、その反動もあってね、かなり難解なものも思いついてしまうんです。そんなのが出てきたら、申し訳ないけどこう思って笑ってやってください。「雀、百まで踊り忘れず」。
ミチノ・ル・トゥールビヨン オーナーシェフ 道野 正