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ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


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あなたに褒められたくて

 先日、「職人で選ぶ45歳からのレストラン」(文藝春秋)の著者、宮下裕史氏が奥様と御一緒に食事に来られました。氏とは、VISAの月刊誌の取材依頼で初めてお会いして以来、もう20年のお付き合いになります。その氏と食事の後の雑談をしていた時、なにかの拍子に、「オレなんか自分で、素晴らしい文章だなあ、と思っても誰も褒めてくれないもんなあ。」とおっしゃって、本当はすぐにその場で褒めてさしあげたかったのですが、何故か言葉にするタイミングを逸してしまった、ということがありました。氏のその言葉がとても新鮮に感じられて、僕はすこしうれしく、咄嗟に言葉が出なかったのです。
 人って、みんな誰かに褒めてもらいたいんや、オレだけではないんや、それに気付かされて共感してしまったのです。
 実際、僕は宮下氏の文章で何度も励まされました。不思議なことに、僕が苦しんでいるときや、そのあげくに新しい方向に活路を見出そうとするとき、氏はいつも取材してくださいました。そして、いつも褒めてくださった。それを読んで、僕は本当に安心しました。一人じゃない、理解してくれる人がここにいる、そのことで僕はどれほど勇気づけられたか。
 これは、お客さんでも同じです。僕がスランプに陥っていたり、悩んでいても常に僕の料理を食べて、いつもおいしいものをありがとう、そう言ってくださる方たちがいたから、僕はこの仕事を続けることができたのだと思います。
 お客さんの中には、逆に、その日召し上がったお料理の気に食わなかったところを延々と述べてくださる方が居られます。僕のために良かれと考えて言ってくださっていると思うので、できるだけ素直にお聞きしようとします。そして、是正する努力をするのですが、それって結構、ネガティブな力が必要です。反発する気持ちから捻り出すパワーという感じなので。結果は、自分でもあまり芳しい形にはならないことが多い。それよりも、次はもっと褒めてもらおう、そう考えて前に進む方が健全で、よい結果になるように思います。
 欠点は、自分でもわかっているのです。なのに褒めてもらったら、次は必ず完璧なものにしようと思うじゃないですか。
 それは甘えではなくて、苦しんでいるからこそ勇気づけられる、そのようなことだと思います。そして、自分は一人じゃない、どこかで他人とつながっている、だからもっといい仕事をしてもっと褒められよう、そう考えるのではないでしょうか。
 そう言えば、真正会病院の佐々木院長も僕が「あなたは名医です。オレの命の恩人です。」と言ったとき、うれしそうでした。

 今回の表題「あなたに褒められたくて」というのは、あの高倉健さんの著作の題名です。ほら、あの渋い男の代表もやっぱりそうなんですよ。
 だから宮下さん、あなたの文章は本当に素晴らしいです。僕は、何度も何度も読みました。そして、その度に立ち上がりました。それが何よりの証拠じゃないですか。
 そして、これを読んだあなたも誰かを褒めてあげてください。その一言で、前に進む人がきっといるから。
 とくに、そこでデザートを作っているミチノ・ル・トゥールビヨンのマダム、あなたもよろしくね。
 
ミチノ・ル・トゥールビヨン  オーナーシェフ 道野 正
by chefmessage | 2009-10-08 12:19