強いオトーサンになるために。
2010年 05月 16日
考えてみればこの5月で、独立以来、満20年を迎えます。いったいオレは何をやってきたのか。慣れ親しんだ店を手放し、住み慣れた家を出て、最後の力を振り絞ってはじめた福島の店も不振ということになれば、一体どうすればいいのか。途方にくれた心に、「我の持たざるものは一切なり」という萩原朔太郎の言葉が浮かんでは消え。
このままではうつ病になってしまいそう、と思ったぼくは、定休日にツタヤで一本のDVDを借りてきました。気分転換にはやっぱりアクション物でしょう、ということで選んだのは、リーアム・ニーソン主演の「96時間」元CIAの工作員だったらしいオヤジが、人身売買の組織にさらわれた一人娘をパリから奪還してくる、という物語です。
リーアム・ニーソンで思い浮かぶのは「シンドラーのリスト」でしょうか。「スターウォーズ」ではアクションもやっていたけど、どちらかというと演技派の印象で、その彼が激しいアクション、それも主役で、ということで以前から見たかったのです。
さて、ソファーの定位置に腰を下ろして、途中で寝てしまったときのためにおなかの上にクッションを置いてスイッチオン。最初は、選択ミスだったかな、と思いました。離婚した元妻と暮らす一人娘の近くにいたくて、定職に就かず引越しまでするオヤジ。そんな馬鹿な。でも、娘が誘拐されたあたりから印象が変わります。目的に向かってまっしぐら。人命尊重もなにもあったもんじゃない。強い、とにかく強い。絶対にやられないし、窮地に陥ってもすぐに挽回する。ハッピーエンドまで一気呵成でした。
何気に見ていたうちの奥さんも、最後にこう言いました。「やっぱり男は強くないといかんね。」。ぼくも言いました。「そや、オトーサンは強ないとあかんのや。」。
本当のところ、ぼくは強い女性が好きです。うちの奥さんもそうですが、伊坂幸太郎の「モダンタイムス」に登場する暴力妻や、誉田哲也「ジウ」のヒロイン伊崎基子みたいな物理的に強い女性に憧れます。それでも、やっぱり男はまっすぐで、なにがあっても挫けるべきではないな、と。
豊中に「アムズオクロス」という非常にマニアックな眼鏡屋があって、そこの店長の杉本君と話していて一致した結論があります。それは、今は、儲けた者が勝ちだと思われている、ということです。
例えばメガネの場合、誰かが素晴らしいデザインの商品を展示会に出す。それは、製品化されるまで手間と時間が随分かかっています。そもそもそれ以前に、デザイナーその人も紆余曲折を経ている、というか、多大な努力をしてきています。だから当然その分高価になるのですが、それを購入してコピーし、安価に大量生産して売りさばく連中が大儲けをする。そして、そのような安物でとりあえず満足し、そのような手法でリッチになった人間を無条件に羨ましがる人たちがいる。
だから自分の目でいいものを見極めてそのような商品を仕入れても、高いから、という理由でなかなか売れない。
「それでいいんですかねえ。」と杉本君はいいます。
フランス料理の世界もそうです。フランスのあの店と東京のあの店のオリジナルを足して二で割って理屈をまぶし、上手にブロガー達をおだてて評判を上げ、連日満席になったら天下を取った気分でいる。そしてそんな人物を英雄視する世の中がある。血のにじむような努力が見えなくて、こつこつと積み上げられた実力が判断できなくて、素人が幅を利かす世の中から本物がどんどん消し去られていく。
あ、いかんいかん、負け犬の遠吠えというやつになってますね。
とにかく。それでも男は強くあるべきだと思ったわけです。では、その強さとは何なのか。
「96時間」で、自身の豪邸の地下に人身売買の秘密の競り場を造ってそれを運営している男が、娘を取り返しにきた主人公にこう言う場面があります。「これはビジネスなんだ。だから理解してくれ。」。強さとは例えば、それとはまるで異なる理解をもち続けることのような気がします。
しかしそれよりも実際問題としてぼくは、
とりあえず今夜から筋トレ、始める決意であります。