青年は荒野をめざす
2010年 08月 04日
まあ、それはさておき、当日は現地集合ということで、ぼくは時間的なことからマイカーで向かいました。第二阪奈道路を学園前というところで出て北上するのですが、周囲は田んぼばかりです。この道でほんとにいいのかな、と不安がつのり、確認の電話をいれようかと思っていたら少しずつ交通量が増え始め、やがて近鉄らしき高架が見えてきました。その下に、赤いレンガ造りの洋館が垣間見えます。あれか?近づくにつれ、その威容に驚かされます。すぐ側まで行ったら、横山君のこれまた威容が見えたので、ああやっぱり。それにしても、想像していた以上に立派な建物です。広い駐車場と庭園まであります。すごくうらやましい。
車から降りて、横山君と中に入ります。天井が高くてバンケットルームまであり、その仕切りの壁にはアンティークのステンドグラスが並んでいます。見とれながら席に着きます。その席もテラスルームです。おしゃれやなあ。横山君、なんかオレたち場違いな服装やで。
それにしても横山君がやけに落ち着いているのでその理由を聞くと、このお店のシェフとはかつて同じところで働いていたことがある、とのこと。今日は横山君と来て、本当によかった。これでシェフに平気で質問できます。食事していると多分、いっぱい疑問がでてくると思うので。
そして祝祭が始まりました。料理8品とチーズ、その後デザートが2品。
すべてにとても手間がかかっています。発想も自由で瑞々しい。料理の数が多いから、おいしいものもあれば、ちょっと?のものもあります。でも、全体的にはバランスがとれていて素晴らしい。横山君にシェフの年齢を尋ねると30代後半とのこと。若いのに偉いなあ。
食事のあとシェフとお話しました。真面目な方でした。芯にまっすぐなものがあるのが窺えて、これまたうらやましかった。オレ、この年になって、こういう人を相手にどう戦えばいいのだろう。
食事を終えて、横山君に感謝と別れを告げて帰宅し、それ以来ぼくはずっと悩み続けました。
自分の店を持って20年が過ぎました。当初は世のフランス料理に一石を投じようと奇抜な料理を連発しました。それが受けて、一時は、アヴァンギャルドだ異端児だと持てはやされました。でも、ぼくはわかっていました。そして不安でした。いつか自分が流行遅れになり、忘れ去られていくだろうと。そして実際にそうなりました。
福島に移って、再度、全力投球をしようと決意しました。そして声高らかに、ミチノは今もここにいる、と告げようと。
まず、おいしい料理を作ろう。そして、今の衣装を身に纏わせよう。
この一年、休む間もなく努力しました。そして、ある程度自分で納得いくようなものが出来るようになった、そう思っていたら、まだその先があったのです。
アコルドゥのメニューにこんな料理名が記されていました。
「寄せる波、岩場と砂。磯の香りと波の音 普遍的で永遠のもの。」
それはデザートなのですが、あしらわれたプラリネ状の粉末に濃度の付いた透明の液体が注がれると、それが粉末を巻き込んで、確かに寄せては引く波のように見えます。一つ一つはさほど難しいものではないのですが、その構成が素晴らしい。料理が風景になっているのです。いったいこれは何なのか。
ぼくは美味しさを求めてきました。それを如何に今風に盛るかに腐心してきました。でも、そこに風景や、その向こうにある詩的なもの、哲学的なものまでは表現し得ていない。
そこまでやらないといけないのだろうか、という疑問はあります。いったいどれだけの人が理解できるのか、という商業的な思惑もあります。でも今、それをやっている人間がいるのなら、そしてそれに感銘を受けている自分があるのなら、ぼくはもう一歩前にでないといけないと思うのです。
50歳の半ばを過ぎて、これまで積み上げてきたものをばらばらにし、再構築するというのは大変な作業です。本当に苦しい。体力的にも非常に厳しい。でも、いくつかの料理を完成させつつあります。朝起きて、疲れて眠るまでずっと考えつづけ、今、試作の真っ最中です。でも、8月20日から一月間やる予定の一周年ディナーには間に合う予定です。 これまでで最高のコースメニューをご披露します。
横山君やアコルドゥの川島シェフにも是非来ていただこうと思っています。そして、彼らに感じてもらえるものが一つでもあったら、ぼくは本望です。詳細はHPに載せていきます。みなさんも是非、お越しになってください。みなさんの笑顔が見たいから、ぼくは料理を作り続けています。