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ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


by chefmessage
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果て無き道を

 先日、やっと念願かなって、神戸のレストラン「ルセット」で食事をしてきました。
 お店の名はかねてより耳にしていたのですが、オーナーシェフの依田さんとは一面識もなく、接点もなかったので、本来ならばすれちがったままだったと思います。それが、フェイスブックの友達つながりで、なんとなく知り合いになりました。そして、彼のほうがまず、うちに食事に来てくれました。依田マダムと、ぼくとは旧知の間柄であるパトゥの山口シェフが一緒でした。
 その後、依田さんが一日会というシェフの集まりの会長であることから、料理講習会の講師によばれたりして仲良くなっていったのですが、あいにく店の定休日が重なるため、なかなか食事に行けなかった。たまたま、うちが連休をとったので、初めてお邪魔した、というわけです。
 当日は、山口シェフも同席してくれました。もう一人、その数日前にうちに食事にきてくれた西宮のイタリアン、「アルテシンポジオ」荻堂シェフも誘ったのですが、先約があるので残念ながら無理、とのこと。かわりに、何故か荻堂マダム、オリーヴオイルの伝道師ののりさまが参加表明で、不思議なトリオが決まりました。
 で、互いに自己紹介があって、食事スタート。
 一品目は活けトリ貝のマリネ。山口シェフ、おいしかったのか、器に残ったマリネ液まで飲みほしています。二品目は、塩付けにして熟成させたフォアグラのサラダ。なんせ料理のプロ集団です。熟成とは何ぞや、などと話題の途切れることがありません。そして3品目。オランダのホワイトアスパラと鯨の尾の身、ロックフォールソース。うん?4品目、鳩のチョコレートソース、うーん?ぼくの不審げな顔を見て、依田マダムが説明してくれました。「今日のお料理は、過去に感銘を受けたミチノシェフのお料理を下敷きに、うちのシェフが特別にご用意したものなんですよ。」
 そのあとの魚料理、メインの子ヤギ、デザートも含めてすべてすばらしい出来栄えだったけれど、ぼくには、依田シェフの心遣いがなによりうれしかった。
 依田さんが立命館大学の出身で、同志社出のぼくに親近感をおぼえて、だからぼくを目標にしていた、とご本人から聞いてはいました。ずっと尊敬していた、ということも。でもぼくは、そういう言葉をまともには受けていませんでした。
 思った以上にもてはやされた時代があって、でも段々と疎まれるようになり、消え去る寸前までいった経験がぼくにはあるから。
 でも、形にして出されると、これは説得力がありました。
 そうか、ひたすらわき目もふらず、ただただ自分のことに必死だったけれど、自分はこうして後進の人たちに影響を与えていたんだ。ぼくは依田さんの料理を食べながら、無心に感動していました
 たとえば、あいつもこいつも自分の弟子だ、みんなオレが育ててやった、などと言う人がぼくたちの業界には結構います。でも、ぼくは、そういう発言は好みません。
 旭川のレストラン、メランジェのシェフ河原くんや、今、日の出の勢いのビストロ、ラ・ブリーズの北川くんなどは、自らミチノの弟子と言ってくれていますが、ぼく自身は彼らを弟子だとは思っていません。ぼくは彼らになにも教えてあげられなかったから。
 ぼくは彼らに、ぼくの仕事の手伝いをさせただけです。ぼくがもっと自由に前に進むために、ぼくの手に余る仕事をやってもらった。彼らが出来るようになれば、ぼくはもっといい仕事ができるようになる、ぼくの頭にはそれしかありませんでした。彼らは十分、当時のぼくを助けてくれました。結果として、いい仕事を覚えたのなら、それは彼らが努力したからです。だから、ぼくは彼らを弟子とは思わない。仲間、そして今は、親友です
 先日、銀座で自分の店「フィネス」をオープンさせた「神の子」杉本敬三もそうです。取材で「目標とするシェフは?」と聞かれたとき、敬三は「ミチノシェフ」と答えたそうです。おいおい、恥ずかしいこと言うなよ。おまえ、とっくにオレを追い越してるって。
 ぼくはそういう人間だから、ずっと自分は孤独だと思っていました。長距離走者の孤独。沿道の声援は意識するけれど、応えることはできません。なぜ走るのかわからないし、人にわかってもらえるとも思っていない。ただ前へ前へ。
 でも、そんなばかな人生もけっして無駄ではないんだな、と、依田さんの料理が教えてくれました。勇気をもらったな。そして、料理の力を再認識しました。依田さん、ありがとう。そしてあの夜、同席してくれた二人にもこころからの感謝を。
 よーし、もういっちょう走ってやるか。
 前をたくさんの若い人たちが走っているな。でも、無様にあせることはないのです。彼らは周回遅れの走者だから。あと一周分くらいは先行してるはずです。だから、最後まで、緊張をゆるめることなく、
 果て無き道を!

by chefmessage | 2012-05-17 20:40