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ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


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時を超えて

 1970年代のことです。当時、世界に先駆けて電池駆動による水晶発振の腕時計(クォーツ)を製品化した日本のセイコーが、その特許を公開しました。それによって、世界の時計産業の構図が一変しました。多くのメーカーがなだれをうって、クォーツの開発に突き進んだのです。その結果、従来の機械式の時計が売れなくなり、アメリカやスイスの多くのメーカーが倒産していきました。いわゆるクォーツショックです。
 それ以前に、アメリカのブローバが、同じく電池駆動で音叉を発振させる時計を開発していたのですが、かたくなに特許を守ろうとしたので、それ以上の開発が進まず、クォーツが登場すると姿を消していきました。
 栄華を誇ったスイスの時計産業も、壊滅的打撃を受けたのです。ところが・・・。
 そのスイス時計が今、驚異的に売れまくっているらしい。昨年末に阪急の営業の方から聞いたのですが、腕時計の売り上げ前年比200%!それも百万円単位のものがポンポン売れるらしい。完全に息を吹き返した様子です。景気がよくなっている兆候かもしれませんが、それだけではない、これはいったいどうしてなのか。
 ぼくが想像するに、これはかつてのアンティーク時計の大流行がきっかけだったのではないでしょうか。
 クォーツが機械式を駆逐する勢いであったとき、一部の愛好家がわざと古い時計を腕にはめるようになりました。例えば針の動き、ゼンマイを巻くことで動き始めるアナログ感、時を刻む音、そして歴史、そういうクォーツにない要素が、時代に逆行する優越感みたいなものを刺激したのではないでしょうか。そして、クォーツの開発がすすみ、どんどん廉価になっていくに従い、逆に、アンティークの市場価格はどんどん高騰していきました。丁度、世の中もバブル期、それこそ百万円単位のものも現れて、それがポンポン売れて。
 それに力を得たのがスイスの高級時計のメーカーです。消滅していた、あるいはしかけていたメーカーを復活させ再統合し、職人を再度養成し、それに現代のテクノロジーを加え、設備投資を行い、徐々に回復傾向にもっていって、ついに現在の空前の繁栄を成し遂げたのです。

 長々と時計の話を書きましたが、実はこの流れは、フランス料理の移り変わりとそっくりです。そしてその流れに翻弄されてきたぼく自身の歴史とも。
 
 今、売れに売れている腕時計は、どれもこれもとても派手です。豪華で、大きくて、重くて。そして、不必要に複雑です。でも、基本になる機械部分は昔も今もかわらない。むしろ手薄になっている感があります。それは工芸品ではあるけれども、工業品ではなくなっている。だからぼくはこのごろ、クォーツに席捲される前の、工業製品であったころの60年代や70年代のスイス時計を好んで身につけています。それは古い時計だけれども、時計職人に言わせると、もっとも完成された機械だそうです。整備しやすく壊れない、そして長持ちする、だから、美しい。ぼくは、そのような時計が再評価される時代が近々やってくるのではないかと思ってます。ぱっと見て、時針と分針がどこにあるのか、どこをさしているかわからない時計って、やっぱりおかしいと思いませんか?

 今年、ぼくは60歳になります。栄華を極めた時代があり、絶望の日々もありました。自信にあふれていたこともあるけれど、迷ってもがいていたときのほうが長かった。それでもここまでやってこれたのは、家内や家族、支持してくださるお客様、そして同業の皆さんの助力があったからでしょう。そのぼくの料理人人生は、あと何年あるのか。
 晩節を汚すことのない毎日にしようと思います。もう時代の流れにおびえることもなく、奇を衒うこともなく、ただ、一つ一つを丁寧に積み重ねていきたい。そして、最後の最後まで料理人としての矜持を持ち続けたい。

 古いことが新しい、それがぼくの年初のキーワードです。また一年、みなさん、よろしくお付き合いください。
by chefmessage | 2014-01-04 17:51