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ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


by chefmessage
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マダムのこと

 ある日のこと。マダム(ぼくの奥さんです)が予約の電話を受けていたときに、こう言っているのを耳にしたのです。「ご結婚記念日のご会食ですか。よろしいですねえ。」。ぼくはその時突然、自分達の結婚記念日がいつなのか知らないということに気づきました。そして、少しうろたえました。人の結婚記念日のお祝いを何十回、何百回としてきた自分達が、それを一度もしたことがないというのはいかんのではないか。しかし、かといって、それがいつだったかなんて今更ながら聞けません。ちょっとおそろしい。
 そこで一計を案じて、うちのスーシェフ(副料理長)にお願いすることにしました。「なあ、それとなく結婚記念日がいつやったかマダムに聞いてくれへんか。」。
 うちのスーシェフは在職6年目にして、いまや片腕と呼んでも差し支えない有能な女性なのですが、ときに冷淡な物言いをするのが玉に瑕です。「そういうことは自分で聞いてください。」と、にこりともせず一言でバッサリ。
 そのとき何を着ていたか思い出そうとしました。そうすれば少なくとも季節くらいはわかるだろうし。で、多分秋だったな、と見当をつけて、そこから適当な月を選んで。そして、さりげなさを装ってマダムに聞きました。「オレ達の結婚記念日って10月やったよな。」。
 マダムは案の定、ちょっと視線を斜め下あたりに向けて、今更何よ、という感じで「そうだよ。」と言います。よしマグレが当たった、ここで一気に攻めないかん、ということで、これも当てずっぽうで「20日やったな」と言うと、「違います」。「あ、19日か」。「違います」。「そうや18日や」。そこでマダム、無言。やっとわかったわ。ほっと胸をなでおろしたその日は10月19日、時すでに遅しかなと思いましたが、すかさず予定を聞いてレストランに予約を入れました。結婚記念日だから、と申し添えて。

 当日はクッキングスクールの講師の仕事があったのですが、12時過ぎには終ります。ぼくは終了後、ちょっとおしゃれしてそのレストランへ向かいました。
 「ラ・シーム」の料理は相変わらず絶好調、そしてデザートになりました。お皿に、おめでとうのメッセージが書かれています。シェフの高田くんも厨房から出てきて、テーブルの横でニコニコしながら拍手してくれます。ぼくも照れ笑いしながら、マダムの方に向かって手を叩いています。なんだかオレ、すごくいい人みたい。でも、まったくそうではないことを不意に悟った出来事が数日前にあったのです。それは、ひとりで帰宅していたときのこと。

 ぼくは、毎朝仕入れに行く必要上いつも自動車通勤なのですが、その車には4枚のCDしかつんでいません。ポール・マッカートニーが1枚、寺井尚子が1枚、陽水が2枚。それらを気分でローテーションして聞いていますが、その時は陽水でした。曲は「嘘つきダイアモンド」。この曲は何年くらいにリリースされたんだろうと、ぼくは考えはじめました。1995年くらいだったか、そのころ何があったんだろう、あ、地震や、そうや地震、たいへんやったなあ、でも、うちの奥さんはそのときインドに行ってたんや、あれ?その翌年から一緒に暮らし始めたから、おいちょっと待てよ、もう19年になるのか?そんなに長い間一緒にいるのか、しまった!
 なにがしまったのかよくわからないけれど、ぼくはその時、そう思ったのです。突然、若かった頃の彼女の顔が思い浮かびました。そして、結婚式のときの和装姿、初めての子供を妊娠したときのうれしそうな顔、それから次々と子供が産まれ、一人を背負い、二人を自転車の前後ろに乗せて走っている姿、そして現在の顔。
 それに比べて、オレは今まで何をしてきたのだろう。
 実はマダムのお誕生日すらうろ覚えで、3人の子供の生年月日もよく覚えていません。自分では苦労してきたつもりだけど、本当は仕事にかこつけて自分のことばかりしてきたような気がします。でも、マダムはどうでしょう。朝早くから起きて子供達のお弁当を作り、朝ごはんを食べさせて学校へ行かせます。洗濯して掃除して、それから一人で店へ行ってデザートの仕込みをして、営業時間にはサーヴィスの仕事をして、また仕込みをして午後4時くらいに帰宅します。途中で買い物して、晩御飯作って、子供達の面倒をみて。夜の営業が忙しいときには、居残りです。定休日は、デザートの本を見て、わからないことはネットで検索し、新しいデザートを考え、デパートでデザート関連の催事があるときにはそれにも出かけて。そういえば、認定試験合格した、れっきとしたソムリエールでもあるなあ、そんなこと考えていると、不意に哀しみみたいなものが押し寄せてきて、ぼくは車のハンドルをきつく握り締めたのでした。

 罪滅ぼしというにはあまりにささやかすぎる、自分は決していい人なんかじゃないな、ぼくはラ・シームでそう思っていたのです。それにしても、19年目で初めての結婚記念日のお祝いというのはあまりに遅すぎやしませんか、旦那。でも、ちょっとだけいいこともしたような。少しだけほっとしたような。

 よく、「もし生まれ変わったら、今と同じ配偶者とまた一緒になりたいか」という質問を耳にすることがあります。それを思い出しては一人で考えることがあります。ぼくにとっては、彼女と結婚できたことは人生最大の幸運だと思っているから是非に、とは思うけれども、彼女はどうだろうか。
 冷静に考えると、彼女はもっと幸せになってしかるべきだろうと思えてなりません。なにより、ぼくは甲斐性がなさすぎます。だから、次がもしあるならば、ぼくとは出会わないほうがよいのではないだろうか。でも、そんなことは考えても仕方がない。ぼく達にとっては、すくなくとも今が大切なのだから。

 1月のマダムのお誕生日も食事に行きました。実はそれも第一回目。でも、これからは少なくとも年に二回、結婚記念日と彼女のお誕生日にはお祝いをしようと思っています。I-phoneに、子供達の生年月日とともにメモしておいたから。

 ぼくは多分、逝く時に何も残してあげれないでしょう。それが今更ながら悔やまれてならないのですが、だからぼくはせめて彼女に、そして子供達に誇りに思ってもらえるよう、最後まで真っ当な人生を歩んでやろうと思います。
 
by chefmessage | 2015-02-01 14:39