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ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


by chefmessage
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フランス料理についての考察

 長い間、自分の作る料理の意味について考え、悩んできました。

フランス料理とはいったい何なのか。あまりに漠然とした疑問なので、答えようがない。もちろん、歴史的考察から導きだされる概念はあるし、食文化として分類すること、あるいは類型化することはできるでしょう。でも、ぼくの疑問に対する答えはそこにはありません。自分の作っている料理は何なのか、という自分自身への問いかけであり、答えなのです。

 日本人が日本で作り、主に日本人が食べるフランス料理とは何なのか。そんなものに意味があるのか。その答えをいつも探しながら、ぼくはもう40年近く、いわゆるフランス料理を作り続けてきました。


 ぼくはフランス料理しか学んでいません。調理師学校には行っていないし、フランス料理のコックになる前は、料理に対して何の興味もありませんでした。おいしいものを食べる、ということに熱心だったわけでもありません。それは今でも、あまり変わってないような気がします。ぼくの場合、外食はほとんどがフレンチかイタリアン、すなわち、自分の仕事に関係のあるところばかりです。もっと和食から学ぶべきだとある方から言われて、せっせと京都に通ったこともありましたが、ほとんど影響を受けることはありませんでした。それよりも、本を読んだり映画を観たりコンサートへ行くほうが楽しいし、得るところは多かったようです。そこから受けた感動をエネルギーに変えて、ぼくは料理を作り続けてきたような気がします。


 すなわち、ぼくはフランス料理以外の食に興味はないし、フランス料理以外は作らない、あるいは作れないと思って生きています。でも、自分の作る料理を本当にフランス料理と言ってしまっていいのか、という疑問はずっと消えずにありました。


 ぼくの母は和食が得意ではありませんでした。彼女が得意とするものは韓国料理だったのですが、ぼくは子供のころ、食べ物の発酵臭がとにかく嫌いだった。だから母は、ぼくたち子供にはいわゆる洋食で対応しようとしました。ぼくに料理に対するセンスがあるとするなら、それは確実に母から受け継いだものだと思うのですが、彼女のつくるカレーライスやハンバーグ、あるいはシチューはとてもおいしかった。そういう食生活で育ったことも影響しているのでしょうか、ぼくにとって和食や中国料理の職人になるという選択肢は考えられませんでした。料理を作る仕事に就くなら、それはイタリアンかフレンチあるいは洋食しかありませんでした。


 フランス料理のコックになったのは偶然というか行き当たりばったりとしかいえないようなきっかけだったのですが、とにかくぼくは、ぼくの考えるフランス料理を作り続けてきたのです。


 さて、最初の疑問に戻ります。ぼくにとってのフランス料理とは何なのか。


先日、ある料理人が食事に来ました。食後、その彼がこんなことを言いました。「ぼくは道野シェフに対して偏見を持っていました。でも、実に真っ当なフランス料理をやっていらっしゃる。」。この言葉はぼくにとっては意外でした、というのも、彼は若手にもかかわらず、古典的なフランス料理をできる限り忠実に現代によみがえらせようとすることで世間の耳目を集めている料理人だからです。彼にとってぼくの料理は、まったく邪道にしか見えないだろうと思っていたから。


ぼくは彼のように勉強熱心な料理人ではありません。料理本なんてほとんど読まないし、料理人の集まりにも行かない。業界団体には一切所属もしていません。新しいメニューを考える時も、ほとんど何も参考にしない。他人がやっている料理には興味がないし、それがはやりで受けると解っていても真似するのは嫌いです。ただぼくは、ぼくにとって新しいものだけを作り出そうとしています。自分にとって心躍るもの、そしてお客様の意表をついて感動へと導くもの。


 だからぼくの料理は、時として人の目には奇異にうつるだろうと思います。それに対して真っ当なフランス料理であるという評価は、ぼくにとっては意外だった。


 また、あるベテランソムリエからは、食後にこんな感想をいただきました。「今日はフランス料理を食べた、という気持ちにひたることができました。」。フランス料理の神髄である、積み重ねていって完成させるという構造をおおいに実感できた、と。


和食は引き算、フランス料理は足し算という定義をよく耳にします。その論法で行くなら、確かにぼくの料理は足し算をしながら組み立てて作るものです。


それは音楽に似ています。重ねるといってもくっつけることではありません。和音を構成する、ハーモニーとなるようにのせていく、というのが正確です。そのハーモニーをどのタイミングでどの楽器に担当させるかを決めなければなりません。強弱をつけることも必要です。そして、それらに流れをつけて一つのものとして完成させる。慎重で繊細な作業です。あるいは、建築にも例えることができるかもしれません。大まかな構造と、それにそった外観を決めたのちに細かな設計をして詰めていく。床があり天井というか屋根がある。食材の組み合わせがこれにあたります。それを支えるためには柱がいる。これが、床と天井を支える副素材です。でも、これだけだったら風が吹くと倒れてしまいます。大切なのは柱と床や天井を固定する接着剤あるいは釘です。これが香りであったり食感であったりします。


今やっている料理に、「燻煙とともに瓶に詰めたサーモンのブランダード、65度のコンソメで加熱した卵黄、ちりめんキャベツと芽キャベツのサラダ。」という料理があります。ブランダードというのは古い料理で、牛乳で柔らかく煮た干し鱈をほぐし、ジャガイモとニンニクのピューレで混ぜ合わせるものなのですが、市場で秋鮭を見つけたときに、これでブランダードを作れないか、と考えました。それに温泉卵を合わせて食べたらおいしいんじゃないかと思ったのですが、それだと風味がぼやけそうなので、コンソメの味をしみこませた卵黄だけを使うことにしました。この二つが最初の和音であり、床と屋根です。それをスモークの煙とともに瓶に詰めよう。これがおおまかな流れであり、外観です。


ちりめんキャベツは瓶の底に敷いて、ブランダードと卵黄を固定するもの、これが担当する楽器であり、柱です。芽キャベツはキャベツつながりでちりめんキャベツを補強するもの、これがさらに別の楽器であり、もう一本の柱です。そして野菜にはドレッシングで必ず味をつける。そして、サーモンを煮たニンニク風味の牛乳に生クリームを足して煮詰めたものをソースとしてかける。最後にふたをするときにスモークの煙を閉じ込めて全体を引き締める。これらが強弱をつけることであり、接着剤や釘になります。あとは外観を整えるだけ。色をぬったり壁紙を張ったり。ぼくは自然な外観が好きだし、無駄な装飾は必要ないと考えているので、花を飾ったり、無意味なソースを添えたりはしません。一つ一つの食材が手間をかけることによって存在感を増し、それぞれが調和しながら全体を形作る、それが理想です。


料理は立体です。今でいうなら3Dでしょうか。楽譜や設計図は平面ですが、実際には立体を図式化したものです。その楽譜や設計図をもとにシンフォニーを奏で、建物を作りあげる、これが技術です。料理人は、作曲家であるとともに演奏家、指揮者であり、設計家であるとともに大工さんや左官屋さんでもあるわけです。そして、なによりも大切なことは歴史に敬意を払うことと、己の仕事に対する理解というか造詣を身につけることです。


新しいものは、決して偶然に生まれるものではありません。根っこがあって、幹や枝があり、葉があってはじめて実が成るのと同じことです。


ぼくがフランス料理が好きなわけ、それは、新しいことを認めてくれる懐の深さ故です。そして、新しい実をつけるための枝や葉が豊かであること、幹が太く、根っこがしっかり大地に張り巡らされていること。


応用する料理の数が圧倒的に多いので、それを元に自在に組み立てることができます。まずは、それが出発点といってもいいでしょう。また、時代や環境を随時取り込みながら進化し続けているので、調理法も選択肢が多い。

それらを駆使して、構造的に完成させたものがフランス料理であるなら、まさにぼくはフランス料理をやり続けていると思います。


長い間、本当に長い間、考え悩んできたことに対する答えがやっと見えてきたような気がします。日本で、日本人が作り、日本人が食べるフランス料理、それに意味は必要ありません。おいしいものを作り、それを食べることで人間が種の保存に努め進化してきたのなら、ぼくの仕事も無駄ではない。頂上に向かう道はたくさんある、その一つをぼくは登っているのでしょう。フランス料理という装備を身にまとって。そのことを、今、ぼくは実感しています。


ただ、頂上にはおそらくたどり着けない。多分、たどり着けた人などいないのではないか。だから、ぼくが行ったそこより先は、あとから続く人が進めばいい。ぼくは、そう考えています。


遅きに失した感は否めませんが、残された時間を大切にしたい。そして、誰も思いつかなかったミチノの料理を作り続けようと、今は強く思っています。

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by chefmessage | 2016-10-28 14:05