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ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


by chefmessage
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終わりと始まりと。

 今年1年間は、ケータリングによく出かけました。主にお昼ですが、小さな子供さんがいたりお年寄りがおられて、誕生日などのお祝いの食事会をしたいけれどもレストランにでかけられないからお家でやりたいという依頼を受け、料理を作りに行ったのです。うちの店はスタッフが充実しているので、よほど忙しくないかぎり昼間はぼくがいなくても問題ないから、ぼくひとりが車に荷物を積み込んで出かけていきました。

 初めての場所、それも見ず知らずの方のお家で料理を作ってお出しするのですから、出かける前はけっこう不安です。道具やお皿は揃っているか、台所の広さはどうだろうか。あらかじめ電話でいろいろとお聞きしてそれなりの準備をしていくのですが、やはり想定外の出来事は起こります。それでもなんとか対処して、苦情が出たことは一度もありませんが、楽しく仕事ができるときもあれば、そうでないときもあります。でも、店の中に閉じこもっていてはわからないことをたくさん学ぶことができたし、なにより、普段は入り込むことができない人さまのお家で料理を作ることでたくさんの方とお知り合いになれたことは自分の気持ちにプラスになったと思います。

 でも、それももう来年はできなくなりました。従業員が一人退職する予定で、人の補充も難しく、営業中は店にいなければならなくなったからです。だから、12月中旬に受けた依頼が最後のケータリングになりました。

 その日の依頼は6名様。1歳のお嬢ちゃんの誕生日のお祝いです。食事のスタートは午後12時。40分前に近くのコインパーキングに車を置いて台車を出し、荷物を積み込みます。そこで電話を入れてお相手のマンションのお部屋へ。到着して準備を始めます。でも、台所に6人分のお皿を並べて料理を盛るスペースがありません。さて、どうしたものか。見回すとリビングに、子供さんが食事をするための低い折り畳み式テーブルがあります。お借りできますか?はい、どうぞ。ということで、冷蔵庫の前の隙間にそれを設置しました。そのようなことをやっていると奥様とご主人がやってきて、小声でぼくに話しかけます。実は、

 今日の出席者の一人に情緒不安定な女性がいて、とにかく思いついたことをその場でそのまま言葉にするから、もし気に障ることがあっても悪意はないから聞き流してください、と。わかりました、ということで食事のスタートです。始まってみると、とにかくぼくは仕事で精いっぱい。慣れない場所で悪戦苦闘、全部ひとりでやらなければならないし。

 一品目はポタージュです。具材をいため、牛乳の泡を作り、ちゃぶ台に皿を並べ、ひざまずいてポタージュを注ぎ。その間にパンも温めなければなりません。できあがったら運んで。

 さて、次の料理の用意をしようとしていたら、「おいしい!」という女性の大きな声。みなさん慣れている様子で、そうだね、とか相槌打ちながら楽しそうに食事しておられます。次はサーモンのキッシュとサラダ。また「おいしい!」と同じ方の声。その後を引き継ぐように奥様のお父さんが、いろんなキッシュ食べたけど、これはほんとに美味しいな、とか言っておられます。続いて魚料理、今日は天然の真鯛で、付け合わせに大根が添えてあります。お出しすると、今度はひときわ大きな声で、「この大根おいしい、こんな大根今まで食べたことない、どうやって作るんやろ、わたし大根って好きじゃなかったけど、これはおいしい、スーパーに行っても大根って買わへんけど、これからは買おう、だいたいお味噌汁でも大根が入ってたらいややったけど、こんな大根やったらいくらでも食べられる、、、」と延々と話が続きます。そして、メインの肉料理が出て。そのころになっても、まだ大根の話が続いています。やっと、「でも、お肉もおいしいなあ」。

 しばらくみなさん沈黙。やっぱり牛肉は一番人気で、食べるのに夢中、という感じです。すると、「わたし、さっきまでしんどくて横になっててん」と話が再びはじまりました。「でもな、おいしい料理食べたらすごく元気になってきた。おいしいものたべたらこんなに元気になるねんな。わたしももっと料理するようにしよう。料理ってすごいな」。

 あ、オレの料理で元気になってもらえたんや、それがとても新鮮な印象となってぼくのこころに広がりました。そうか。

 

 今、おもてなしとかホスピタリティという言葉がトレンドのようです。外国人の訪日客が年々増えているのは、そこにひかれてではないか、それならそれを分析し、もっと積極的に広げようということなのでしょう。ぼくの仕事も、その言葉が重要な意味を持つ職業です。でも、ぼく自身はすこし違う。もちろん人を喜ばせたいという気持ちはありますがそれ以上に、ぼくは自分自身のためにこの仕事をやっているように思います。

 そういう風に書くと不思議に思われるかもしれません。でも、ぼくという人間が社会、あるいは世界とかろうじてつながっていられるのは、ぼくが仕事をしているからだとぼくは考えています。だから、ぼくの作る料理に優れたところがあるとすれば、それは強さからくるのではなく、弱さからきています。自分という脆弱な存在が生きていることを、それが間違いでないことを、ぼくは料理という手段で訴えようとしているのです。でも、その声が小さくて、人に届かないかもしれないから、もっといい仕事をしなければならない、それを長い間ぼくは続けてきました。もっと高く、もっと深く、そしてこの声が誰かに届くようにと。

 メインのお皿を下げて、最後のデザートの準備をしながら、ぼくはうれしかった。声が届いた、と思った。そしてそれを感じた人が元気になることでぼくも元気になった。自分は一人ではない、そしてあなたも一人ではない。仕事をするということはそういうことではないかと思います。そして、生きるということも。

 デザートを出し終えて洗い物を済ませ、後片付けをして、最後に作業した場所を磨き上げます。来た時よりもきれいにして帰る、それがプロの矜持だと思うからいつもそうするように心がけているのですが、その日はとくに念入りだったような気がします。最後のサーヴィスに全員の記念撮影のカメラマンを務めて、本日のお仕事は終了。ありがとうございましたとお礼を言って帰ろうとすると、その女性が大きな声で、「色んな人に来てもらったけど、今日は最初から最後まで全部おいしかった。完璧やったわ。」。いや、完璧なんてとてもとても、こちらこそ、と言おうとしたけれども、うまく言葉にできなかったから、深々とお辞儀だけしてそのお家を後にしました。

 駐車場で車に荷物を積み込みながら、ほっと一息。1年続いたケータリングが終わりました。でも最後に、思いがけないご褒美をいただいたような気分でした。この仕事、やっててよかったな。

 今年1年がもうすぐ終わろうとしています。そして、新しい年がやってきます。終わりは次の始まり。ぼくにとっては64回目の未来がやってきます。でもいつか、終わりがほんとうに終わりとなる時が来るのでしょう。その時まで、ぼくは声を上げ続けたいと思います。ぼくの声があなたに届くように、そして、あなたの声もぼくに届くように、と。


by chefmessage | 2017-12-25 16:38