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ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


by chefmessage
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ノーベル賞にシャンパンを。

 京都の川端丸太町に「ラニオン」というレストランがあります。宮野多門くんと奥さんの恭子さんがふたりで営んでいる小さなビストロです。

 この宮野くんとは不思議な縁があるようで、彼が若いころに修業した数件のお店はすべてぼくが紹介しました。「誰かいませんかねぇ」というシェフやオーナーから依頼があるときにタイミング良く「どこか人を探しているお店はありませんか?」と彼がやってくる、「では宮野、行ってみるか?」、そういうことが数年おきに何回か続きました。だから彼とはいまだに親交があります。寡黙な職人肌の男で、それを奥さんがしっかりと支えている、いかにも町のレストランといった風情で、ぼくは彼のお店がとても好きです。料理は正統派のフランス料理で、派手さはないけれどもしみじみと美味しく、シェフの人柄がよく表れている。デザートはともに調理師学校で学んだ奥さんが作っていて、サーヴィスも彼女がこなす、家庭的な落ち着いたお店です。


 話は変わりますが、その「ラニオン」とは全く対照的なお店のシェフの対談を先日聴きにいきました。大阪のミシュラン三ツ星店。お相手は、かつてそのお店で務めた経験を持つ一つ星のレストランのシェフ。けっこう辺鄙な場所で、スタートも午後の11時というのに、会場は若手の業界人でいっぱいでした。

 メインゲストのシェフはおしゃれです。いかにも高価そうな腕時計とアクセサリー。そういえば会場になったお店の駐車場に眩いスポーツカーがあったけれども、多分それもそのシェフのものなのでしょう。

 司会者が「レストランをやろうと思ったときの目的はなんでしたか?」と質問すると、「ミシュランの三ツ星をとることですね」と間髪入れずに即答。実はその時点で、ぼくは自分がアウェイだな、と思ったのです。

対談ということなのですが、ほとんどの時間は三ツ星シェフの独壇場です。成功談に交えて苦労話も挿入されます。それでなくとも狭い会場に人がぎっしりいるもんだから蒸し暑いのに、高揚感と熱気が満ちています。みんなが食い入るようにゲストの姿を見ている。ときに趣旨のよくわからない質問があるのだけれども、それにもゲストは熱心に答えている。ぼくのとなりの女性はずっとメモをとっています。この雰囲気、なにかに似ているなぁ。ひとりしらけているぼくは考えます。そして、答えを見つけてつぶやきます。「レストランビジネスってマルチ商法か?」。

 ミシュランの三ツ星をとること、それはまぎれもない成功でしょう。それにともなって来客数は爆発的に増えるだろうし、世界中から様々なオファーがくるようになる。必然的に売り上げは増し利益がでるようになります。それは、とてもいいことだと思います。それでなくとも店の規模とは関係なしに、あれもこれもとやりたいこと、やらなければならないことが常にあるような職種です。それをどんどんかなえることができる。しかし、それが究極の目的だとはぼくには思えない。それだけがレストランの成功例だとも思えない。それはごくまれな一例であって、決してすべてではない。


 「ラニオン」はどうでしょうか。

 ミシュランの調査の対象にはなりにくいような気がします。食べログの点数というのもどうなんでしょうか。それでも経営が順調ならかまわないのですが、彼らの暮らしぶりはいたって質素です。それなら、彼らは敗者なのか?


 「ラニオン」にオープン当初からずっと来られているお客様がいます。70歳をいくつか超えられた紳士で、ワインについてもお詳しいから、宮野夫妻はそのお客様とお話しするのが毎回楽しみなんだそうです。そのお客様の言葉が朝日新聞の「天声人語」に取り上げられていました。

   「多くの人が石ころだと思って見向きもしなかったものを拾い、10年、20年かけて磨き上げ、ダイヤモンドにする」。


 「ラニオン」は石ころではありません。でも、「ラニオン」の素晴らしさを発見して通い、宮野夫妻にとっては育ての親とも言える役割をその方がしてこられたとするなら、上述の言葉は双方の関係にもあてはまるのではないかと、ぼくは思います。

 これは、レストランとしての素晴らしい、そして幸せな成功例のひとつといってもよいのではないでしょうか。

 その紳士とは、今回のノーベル医学・生理学賞を受賞された本庶佑先生です。


 「ノーベル賞を取るための研究はない。研究の成果に与えられることがあるだけだ」。

ある受賞者の言葉です。


 本庶先生は、いろんなことが一段落したら、また「ラニオン」に行かれるのでしょう。そして宮野くんからお祝いのシャンパンをふるまわれることでしょう。そんな光景が目に浮かんで、ぼくもとても幸せな気分になります。そして、こころでこうつぶやきます。「宮野、キミは星ではない、ダイヤモンドだ」。


by chefmessage | 2018-10-04 18:38