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ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


by chefmessage
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「こだわり」という言葉について。

 「こだわり」という言葉を、ぼくたちの業界ではよく使います。自分の店の宣伝文句にしたり、あるいはその逆に、お客さんが店への賛辞に用いたりして、ほぼ常套句になっているような感があります。でもぼく自身は、その「こだわり」という言葉があまり好きではありません。


 ぼくの店は料理に野菜をたくさん使うので、「野菜にこだわったフランス料理店」と媒体に紹介されることがよくあるし、お客さんに「シェフは野菜にこだわっているんですね」と言われることも多いけれども、どうもぼくには、それが誉め言葉には聞こえません。心の中で、べつにこだわっているわけではないんだけど、といつも思ってしまいます。

 もちろん質の悪い食材は使わないし、自分の意に沿わないものを使ったりもしません。当然、選別はしているわけですが、そのような、いわゆる目利きはプロであるなら当然のことです。だから、それを殊更に「こだわり」なんて言うのは、かえって欺瞞というか、意識の低さをさらけ出しているような気がするのです。それに、「こだわり」という言葉の印象としては、「駄々をこねている」あるいは「わがまま」といった、むしろ否定的なものを感じてしまいます。だから、ぼくは自分の料理を表現するときに、「こだわり」という言葉は使わないようにしています。


 ぼくにとっては、むしろ「人」が重要な位置をしめています。

 野菜を例にとると、ぼくは今、4件の生産者さんと取引をしています。愛媛の「ナイス ベジタブルファーム」、石川県能登島の「高農園」、広島県三原市の「高掛農園」、そして千葉県柏市の「ヨシノ ハーブファーム」。

 一番お付き合いが長いのは「ナイス ベジタブル」の矢野さんです。10年以上も前からこの方はおじいさんだったから、今は相当なおじいさんだと思うのですが、ぼくたちの知らなかった葉物野菜を当時から作っておられました。ぼくは今でも、矢野さんは外来品種の第一人者だと思っています。

 「高農園」は、金沢のレストラン「プレミナンス」の川本紀男シェフに紹介していただきました。能登島は海が隆起してできた島なので、畑は赤土です。ミネラル分が多い土壌なのですが、そのような耕作しにくい土地なのに露地物が多い。根菜の美味しさは別格です。実際に現地に行って、高さん夫妻ともお会いしました。農業がやりたくて移住してきた当初は思うようにならなくて、千円で一週間暮らしたこともあったという話を聞いたとき、ぼくはこの人たちの野菜を使いたいと思いました。今は東京を中心に取引先も多いようですが、その取引先に行って食事をして、実際に自分たちの野菜がどのように使われているかを確かめる努力も信頼を集める一因となっているようです。ただ「食いしん坊」なだけだという気もなくはないですが、ぼくの店にも何度か足を運んでくださいました。

 広島の高掛くんは、鹿児島の「カイノヤ」塩澤くんの紹介です。本当は別の農園のマイクロリーフが使いたかったのですが、その農園の「カリスマファーマー」とはご縁がなくて、そこで研鑽を積んだ高掛くんと取引をすることになりました。サンプルを送ってもらったらすごく良いものだったので、独り占めするのがもったいなくて、いろんなひとたちに紹介しました。旭川の「メランジェ」河原くんにも知らせてやったのですが、彼も気に入って使うようになりました。それから彼の料理の盛り付けは劇的に良くなりました。料理も格段にレベルアップしました。今や「メランジェ」の料理は、全国区に通じる完成度の高さだとぼくは思っています。そのきっかけが、ぼくの紹介した「高掛農園」の野菜だとしたら、ぼくにとってこれ以上嬉しいことはありません。


 高掛くん本人も好青年です。たくさん取引先を紹介していただいたからお礼のご挨拶をかねて、と食事に来てくれたのですが、ガチガチに緊張している姿が微笑ましかった。「もっと紹介しようか?」と問うたら、「いや、これ以上になるとできません」と笑っていました。去年の7月の豪雨で畑が冠水して、途方に暮れていたけれども、わずかひと月で農園を再開した気概は称賛に価すると思っています。

 「ヨシノ ハーブファーム」は、「オリジン」の吉田くんを介して知り合いました。吉田夫妻が食事に来てくれたときに、お土産で持ってきてくれたのが吉野さんの作ったキク芋でした。ずいぶん立派なものなので感心していると、吉田くんが「吉野さんが是非、手渡して欲しいというので」と言います。まったく面識のない方なのにどうして?と問うと、ぼくの「料理人という生き方」を読んで「道野シェフの大ファンになったようです」と言います。それなら、ということでSNSでつながりを持って、サンプルを送ってください、と連絡すると、「面談したことがない方にはお送りすることはできません」という返事。面接試験ありということなのか?と驚きました。それはないやろ。でも、それからすぐに彼と会う機会が訪れました。大阪に来る用があるというので、「オリジン」で一緒に食事をすることになったのです。

 大阪芸大を出て、映像プロデューサーをやっていた彼が実家の農業をするようになったのは6年前のことだと言います。当時、ガンで余命いくばくもなかったお父さんが、頼むからこれだけはやってくれ、と彼に依頼したのは、トラクターで畑の雑草を漉き込むことでした。そうしないと雑草の種が飛んで、周りの畑に迷惑をかけるから、と。そしてかすれた声で、彼にトラクターの運転方法を教えてくれたそうです。

 実際にやり終えてみると、楽しんでいた自分がいて、雑草を漉き込んで畝ができた畑は美しく目に映ったそうです。そのときに、絶対後を継がないと言っていた農業に心が動いたと言います。

 食後に、ぼくの本をカバンからとりだして、サインしてほしいと言いました。でも、それは全くの新品だった。ぼくが怪訝な目をしていると、彼はもう一冊をカバンから取り出しました。それはページがごわごわになっていて、紙も茶色くなっていました。「農作業にももっていくから汚れたので、サイン用にもう一冊買いました」。だからぼくも、よれよれになるまで彼の野菜を使って料理しようと思ったのです。

 去年のことですが、ミシュランガイドで三ツ星を取っているシェフの講演を聞きに行きました。その時、そのシェフがこんなことを言いました。「ぼくは生産者のところには行きません。情が移ると目利きができなくなるので」。それを聞いて、自分も若いころはそうだったな、と述懐したのですが、今のぼくはそうではありません。むしろ、それが星を得るためのこだわり、流儀であるというのならば、ぼくはそんな星などいらないと思っています。


 注文していた野菜が届くと、一つずつ点検します。それから品種ごとに、生で、あるいは焼いたり茹でたりして、ちょっと食べてみます。そして、どうすればその野菜の良さを生かすことができるのか考えます。同時に、送ってくれた生産者さんのことを思います。

 矢野さんは今日も、若い人たちの指導をしているのだろうか。

 高台にある高さんの畑から見下ろす今日の海の色はどんなだろうか。

 寒い日が続いているけれど、高掛くんのハウスの中は温かいのだろうか。

 あるいは、

 吉野さんは今日も、畑のすぐ先にある小学校に登校する子供たちの元気な声を聞きながら作業をしているのだろうか、とか。

 それぞれの息づかい、「情」を感じながら、ぼくは料理を考えます。

 彼等の「情」を集め、自分の「情」と同一化させ、もてる能力のすべてを動員して、この世に二つとない料理に結実させる。

 それを口にした人たちが呼応し、新たな「情」が生まれていく。それが、ぼくという料理人の仕事だと、今のぼくは思っています。


こだわりを抱えてひとりで走るより、情でつながって人生を全うしたい、そう願っている自分がいるようです。

 


by chefmessage | 2019-02-15 20:19