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ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


by chefmessage
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30周年記念ディナーを終えて。

9月4日から10月6日まで1ヶ月間、独立30周年ということで、普段よりも一層ハードルを高くして考えた料理ばかりでコースを作って提供することにしました。題して「360ヶ月の進化と明日」。
毎年、周年のフェアは9月に開催していて、その目的はぼく自身のモチベーションを上げ、それをスタートラインにして次の一年のレベルをキープするようにするためなのですが、今年のメニュー構成は、はっきり言って無謀とも思えるような料理の連続で、普段は沈着冷静なスーシェフが、「本当にこんなことやるんですか」と驚いた内容でした。とにかく、料理一品ずつのパーツが多い。
この頃思うのですが、よくできている料理とは味だけではなく、構成の巧みさやバランス、また見た目の美しさなどが重要になります。でも、もっと大切なことは、パーツ一つ一つの完成度の高さなのではないだろうか。きちんと出来上がった物が緻密に組み合わされて総合的に完璧なものになる。「神は細部に宿る」ということです。
スイスにパテック フィリップという超高級時計がありますが、聞くところによると、出来上がった主要部品を更に手仕事で磨き上げて組み込むらしい。そうすると駆動していてもチリが出ないので故障も少ないし耐用年数も高くなる、もちろん動きもスムーズだから時間も正確になるということです。料理も同じです。丁寧に作り上げたパーツの積み重ねが最終的な料理の良し悪しを決めるのではないかと思います。そして完成度の高いパーツを作るのはアーティストの仕事ではありません。それは職人仕事です。確かな理論と技術を身につけて初めてなしうる仕事だとぼくは思っています。だから今回のフェアでは、いかに丁寧にパーツを作り上げて完成させるかがテーマでした。一切、手抜きをしないこと。そのうえ、数がやたらと多いからスーシェフが驚いたのです。「こんなのシェフと二人でやる仕事量じゃないですよ」。それでもやろうとしたのは、一言で言うなら「意地」を見せたかったからです。

今、巷間でもてはやされている料理の多くは、見た目は良いけれどもパーツの作り込みは雑な気がします。だから、食べてみると見た目ほどのインパクトはない。その結果、何を食べたかわからないし印象にも残らない。それは決定的に職人仕事に対する認識不足だと思えて仕方がないのです。あるいは努力不足ではないか。基礎を踏まえてこそのイノヴェーションだとぼくは思います。ただ奇抜なだけ、そして、コピーして終わり、またそれを斬新だとか言って評価する媒体があるから、真面目に努力する人たちに陽が当たらない。ぼくはそのことに苛立ちを覚えているし、危機感も感じています。日本の料理人の基礎体力は落ち込んでいるのではないか。だからぼくは「意地」を形にして見せようと思ったのです。それは「負け犬の遠吠え」ではない堂々たる主張になると思ったから。そしてそれがぼくの不器用で拙い生き方なんだと思ったから。

でも、いくらやっても仕込みが終わらない。1日のノルマを終えたと思ったら、また翌日のノルマが待っている。予約帳は近年稀に見る盛況で、嬉しい悲鳴をあげている体は同時にギシギシ軋んでいる。でも、スタッフもマダムも頑張ってくれているから弱音なんてはけない。休みの日も一人で仕込みをして、もう疲れているかどうかもわからなくなっているそんなある日のディナー 。二人の若者が来店しました。

もう場違いなほど若い。飲み物はウーロン茶と水。服装もいたって質素。料理を持っていくと、一人が一眼レフのカメラで熱心に写真を撮っています。もう一人が皿の位置を変えたりしてお手伝いをしている。「早く料理を食べろ」と言いたくなるのを我慢する昭和のシェフ。それから、まるで慈しむように料理を食べ始める。デザートからお茶菓子に至るまでそんな調子でした。そういえばこの子達、一度来たことがあるな、と思い出しました。でも詳しいことは覚えていない。だから食事が終わった頃を見計らって話をしに行きました。

名古屋の調理師学校の生徒たちでした。一人がぼくの本を読んで、ぼくの料理が食べたくなって、同級生を誘って来たのが1回目。本にサインをしてあげた時、すごく嬉しそうだった。今日は「30周年記念ディナー」がどうしても食べたくて、授業が終わってそのままやって来たと言います。熱心に写真撮ってたな、と言うと、「綺麗に撮りたくて今日のためにカメラを買ったんです」という答え。そんなこと言われたら怒れないな。

「これから帰るのか?」と問うと、「もう遅いから一泊して翌朝帰ります。」。もう一人の若者が、「天王寺駅に行ってから」と言うので「なんで?」と聞くと、「道野シェフの本の最後の一冊がそこの本屋さんにあると出版社の方が言ってたから」。ここに在庫があるから持っていけ、とサインして手渡したその時、彼がカバンの中から何かを取り出しました。「これ、どうぞ」。「名古屋フランス」というお菓子。お土産に買ってきました、と差し出しました。

彼らにとっては今回の食事はたいそうな出費だったと思います。バイトして貯めたのかなぁ。交通費に宿泊費、その前にカメラも買って、それにお土産まで。それだけの価値があっただろうか、と自問するのですが答えはでない。でも、帰り際の笑顔は本物だったと思う。ぼくのどこが彼らにそこまで気に入られたのかはわかりません。でも、ぼくは「意地」はってよかったと思いました。何かが伝わって、彼らの勇気になったなら、ぼくのこれまでの歩みも無駄ではなかったと思えて、ぼくはとても嬉しかった。疲れは吹っ飛びはしなかったけれど、報われているという実感があって、ぼくは最後まで走れると確信しました。

今回のフェアは、本当にたくさんのお客様に来ていただいて、とても充実した時間を過ごすことができました。感謝なんて言葉では言い表せないくらい勇気をいただきました。これからも、ともに歩む人生でありたいとありたいと願っています。ありがとうございました。

by chefmessage | 2019-10-14 14:37