人気ブログランキング |

ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


by chefmessage
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

眉村さんのこと

眉村さんのこと

天神祭の船渡御で同船して以来、懇意にしていただいている作家の玉岡かおるさんから、ある日、予約の電話が入りました。「5名でランチにうかがいたいのだけれど、退院したばかりの方がおられるので、一人分は少量でお願いします」とのこと。承知しましたとお返事をして、その日が来るのを心待ちにしていました。


当日、お食事中の様子をのぞいてみると、男性2名と女性1名はどうやら新聞社の方のようです。あとお一人、一番奥の席に、年配の上品そうな痩身の男性がおられます。いかにも病み上がりといった様子で、ゆっくりと料理を口に運ばれている。でも、戻ってくるお皿には何も残っていないから、ぼくは安心しました。

食事の後、玉岡さんに呼ばれてみなさんと名刺交換しました。想像通り、新聞社の方達。でも、ぼくは気になっていたので、年配の男性にお聞きしました。「食事はどうでしたか?」。すかさず玉岡さんが「完食でしたね」とその方に話しかけると、「うん、美味しかった」と微笑みながら答えてくださいました。本当はその時に、その方がどなたか気がつくべきだったんです。


その方にも名刺を差し出しました。その方もポケットから名刺入れを出して、ご自分のを出そうとするんだけれども、中身がいっぱい詰まっているせいかなかなか出てきません。見かねて新聞社の方が「先生、ぼくがしましょう」と一枚を抜き出し、ぼくに渡してくれました。それを見てぼくは驚き、一瞬で舞い上がってしまって、思わず叫んでしまいました。「眉村 卓さんだったんですか!まだ生きておられたんですね!」。

しまった、と思ったのです。とても失礼なことを口走ってしまった。でも、眉村さんは微笑んでおられたのでホッと一安心。その眼差しはとても柔らかかった。


ぼくたち世代が若い頃、SF小説が一世を風靡していました。日本の作家でとくに著名だったのは小松左京、星新一、筒井康隆、そして眉村卓。それらの作家の新刊が出るとすぐに買って、貪るように読んだものです。だから、同世代の連中の本棚には、眉村卓の本の一冊は必ずあったと思います。その眉村卓が目の前にいる!


玉岡さんが「このシェフは本も出しているんですよ」と紹介してくださったから、ぼくは玉岡さんと眉村さんにおそるおそる自著を手渡しました。読んでもらえなくてもいい、持っていてくれるだけでも嬉しい、とぼくはそう思いました。すると、眉村さんはご自分のカバンに手を入れてなにかをゴソゴソ探しています。やがて探し出したものをぼくに渡して、ちいさな声で仰った。「サインしてください」。それは青色のサインペンでした。

今でもその瞬間を思い出すと、鼻の奥がツンとします。あの眉村卓に自分が書いた本のサインを求められるなんて。

それからしばらくは、ぼくがサインした本が眉村卓の書斎にある、それを想像するだけでぼくは嬉しかった。


その眉村さんが亡くなって4ヶ月が過ぎました。久しぶりに「僕と妻の1778話」を読みました。この本は、進行性の悪性腫瘍で余命の限られた奥さんが亡くなるまで、眉村さんが毎日書き綴った短編の中から52編を集めて文庫化したものです。

一つ一つの話はそれほど面白くありません。ショートショートはやはり星新一の方が上手だなぁ、と思いながら読み進めていきました。この本を読んだのはずいぶん前のことだから、これは覚えているな、とか、いないとか。記憶に残っていないものの方が多い。では、なぜ今この本を読み返そうと思ったのか。


すこし話は脇道に逸れますが、ぼくは最初と最後のオチが決まらないとブログを書くことができません。もちろん、書きすすめるうちに多少変わってしまうことはあるけれども、だいたいは落ち着くところに落ち着くといった感じです。だから今回も、眉村さんが食事に来てくださったことから書き始めて、「僕と妻の1778話」を引用し、本の内容よりもむしろ、奥様に毎日書きつづけたその持続力の尊さをメッセージとして伝えようと思ったのです。それがコロナ禍で先が見えない現況に必要なことではないかと考えたから。でも、1775話から先に進んで、奥様が亡くなるその日に書かれた1777話、そして最後の1778話を読んだ時、ぼくは自分の考えがいかに卑小なものに過ぎなかったかを思い知りました。ぼくは読み終えて、思わず天を仰ぎました。


「また一緒に暮らしましょう」

涙が溢れそうになった。


マダムは今、誰よりも早く厨房に来てテイクアウトのお菓子を作ってくれています。どちらが先に逝くのかはわからないけれど、いつかそんな言葉を彼女に言う日が必ずやってくるのだと想像するだけで、ぼくは何も考えられなくなってしまいます。この箇所も昔確かに読んだはずなのに、それが今こんなにも胸に迫るのは、実感としてそれがわかる年齢にぼくが至ったからだ思います。

それは、マダムに対してだけではありません。


そういえば、息子が数日前にくれたメールには、こんなことが書かれていました。「大変だと思うから、今月は仕送りはいりません」。

社会人になって初めてお給料をもらうことになった長女は「いくらか生活費を入れようと思うんだけど」と言ってくれました。今はまだ大丈夫だから、ぼくはそう答えました。

学校がお休みの次女は今、お母さんの代わりに晩御飯を用意してくれています。クックパッド見ながらだけど。


一人暮らしの老いた父の顔が思い浮かびます

頑張ってくれている従業員たち、友人、常連のお客様、生産者の皆さん、たくさんの顔が思い浮かびます。ずっとあなた達と一緒に暮らしていたいけれど、それは無理な話でしょう。いつか別れて、もう会えなくなる日がやってきます。


でも、今はまだその時ではない。

同じ時代に生きていることを感謝しながら、ぼくたちはまだ、一緒に暮らせるのです。

今回の前例のない災厄も必ず終わる日が来るでしょう。これもまた思い出のひとつになるはずです、だから、ぼくたちはなんとしても生き延びるべきです。生き延びて、そして一緒に暮らすんです。


眉村さん、また奥さんに書いた話を読んであげていますか?

今、また再びあなたに勇気をいただいています。

あなたに出会えて、本当に良かったと思います。



by chefmessage | 2020-04-12 18:11