蘇ボックス 3
2020年 08月 18日
「蘇ボックス3」
本来、人を楽しませたり喜ばせたりするのが仕事だから、相手があって初めて成り立つのが料理人という職業だとぼくは思っています。だから、不測の事態が生じたときにパニックに陥って、真っ先に助けを求めるというのは順番が違うのではないか、という気持ちがありました。
それよりも、なにかできることを探すことの方が大事なのではないか。まず自分の立ち位置を確かめて行動しようと考えたのです。そこで思いついたのが「蘇ボックス」でした。
来てもらえないなら、お家をレストランにして貰えば良い。そのために必要なものを、コンパクトに、安全に、廉価で、望む人のところに届けよう。逆に、今でしかできないことをやってもらって、暗い気持ちを吹き飛ばしてもらおう。それを形にし実行して二ヶ月が経ち、「蘇ボックス」は内容を変えて「蘇ボックス2」になりました。それも二ヶ月、続きました。
これで終わろうと思っていたんだけれど、注文が途切れない。必要とされている、それなら、もっとレベルの高いもの作ろうと思ったのです。
「蘇ボックス」の成功はリピート率の高さです。それもプレゼントとしての利用が多い。こういう状況だから、会いたくても会えない人に思いを伝えるのには最適だと思われたのでしょう。年老いた両親に、遠く離れた息子や娘とその家族に、あるいは大切な友達や恋人に。お誕生日や結婚記念日のお祝いとして。だから、利用してくださった方からお礼のメールが予想以上にたくさん届きます。とても嬉しいし、それがぼくたちを勇気づけてくれる。
蘇りは、ひとりではできないことに気がつきました。それなら、もっと気持ちを集めて大きな動きにしよう。
実は、ほんとうにやりたかったのはこれだったのです。
真面目なレストランには、志の高い生産者さんたちからの食材が集まっています。その人たちの気持ちは、なかなかお客様には伝わらない。もっと詳細な説明が必要だと思うのですが、実際の現場ではそのような時間がないし、アイテムもありません。だから、いつか「蘇ボックス」で、そんな生産者さんたちの食材を集めたメニューを作りたいと思っていました。それに現実問題として、生産者さんたちもこのコロナ禍で困っているのです。東京の一流店で圧倒的なシェアを誇る石川県能登島の「高農園」さんが、まったく注文が入らなくなって「頭が真っ白になった」と言ってたのを思い出します。
「蘇ボックス」は完成品ではありません。箱から取り出してから冷やすものもあれば温める必要のあるものもあります。お皿に盛る手間もかかります。そのような工程があれば、料理の成り立ちに思いを馳せる時間もあることでしょう。その時に参考になるレジュメを同梱してあらかじめ読んでもらっていれば、その料理はもっと印象深いものになると思うのです。そして、それがまた誰か他の人への贈り物として利用されれば、思いは広がり、今よりも大きな流れになる。
まず食材を集めました。野菜は千葉県柏市の「ヨシノ ハーブファーム」さんと「高農園」さんから。豚肉は鹿児島県鹿屋市「ふくどめ小牧場」さん、そして高松の「カワイ」さんにお願いして小豆島のオリーヴ牛を。
吉野さんと高さんのことは以前ブログに書かせていただきました。「ふくどめ小牧場」の福留洋一さんは「カイノヤ」の塩澤くんに紹介してもらいました。ここのオリジナルの「幸福豚」は、三元豚とサドルバックの交雑種です。サドルバックは全身真っ黒だけれども背中から前足にかかる部分だけが白い豚で、日本で飼育しているのはここだけです。
「幸福豚」の特徴は脂質の良さです。ソテーした時に出てくる脂が水みたいに透明で驚きました。それ以来、豚肉はここのものを使わせていただいています。
オリーヴ牛は、小豆島の石井さんという方が始めた和牛です。元は讃岐牛ですが、なんとか神戸牛や但馬牛に負けないブランドに育てたいということで、小豆島特産のオリーヴを食べさせようと試みたのですが、牛は見向きもしない。せっかく貰ったオリーヴがいたむから、とにかく日保ちさせるために浜辺で乾燥させた。それを試しに飼料に混ぜたら食べてくれたんだと、ご本人からお聞きしました。その精肉をおそるおそる検査場に持って行ったら、検査官が血相変えて、「牛に何を食べさせたんだ」と言った。これはあかんと思って、二度とやりません、と答えたら、「いや、オレイン酸の量が多いからびっくりしたんだ。あれはいけるぞ」と告げられて、それからずっとオリーヴ牛だ、と。
今回は、石井さんのところに案内してくれた「カワイ」の河合弘太郎さんにお願いして、オリーヴ牛のミンチを手配してもらいました。
何回か試作をしました。そして「蘇ボックス 3」は、ひとまず出来上がりました。今回はご要望の多かった子供さんのコースもやりたいと思っていたので、メインはオリーヴ牛100%のビトック(ハンバーグ)です。脂っこくなくて食べやすい。ハンバーグソースも、市販品は流用せず、ケチャップから作ってみました。赤ワインを使いますが、加熱するのでアルコール分は蒸発しています。子供さんにも、とっておきのご馳走になるはずです。
ひたむきな思いを集めて、それをより良い形にして送り、それがまた別の思いとともに広がってゆく。
たとえ失うものが多かったとしても、残るものがあるなら。
今まで気がつかなかった大切なものを見つけることができたなら、人は前を向いて生きていけるのではないかと思います。
そして、そのお手伝いができることをぼくは、少しだけ誇らしく感じています。