人気ブログランキング |

ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


by chefmessage
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

謎の小山社長について

    謎の小山社長について

 蘇ボックスが第二弾に変更になった、去年の6月頃のことです。注文のメールに小山社長というお名前が頻繁に登場するようになりました。「小山社長の紹介で」、「小山社長がお薦めだったので」。それが毎日数件入って途切れない。そして不思議なことに、発注する人たちの住所にまとまりがないのです。いろんな地方から注文が舞い込んできます。
 そのような状態が続くのですが、でもぼくにも、スタッフの誰にも「小山社長」の心当たりがありません。小山社長って誰なんやろ。多大な影響力をお持ちの方なんだろうけれども、いくら考えてもわからない。
 メールのやりとりをしてくれているオカザキに、蘇ボックスを注文してくださった人たちの中で小山姓があるか探してもらいました。リピーターになってくださった方のフォローをするために、彼女がPCにデータを残しているのです。
 お一人、小山姓の方がおられました。この方は、結構繰り返し注文してくださっているのですが、どうやら若い女性で社長といった雰囲気ではない。
 なんとかお礼をしたいんだけれど、どうしようもないな、と思っていた時に一件の予約が入りました。オカザキが、「小山社長の紹介で、という方がディナーの予約をしてくださいました」というので、チャンス到来とばかりにその日が来るのを待っていたのです。

 料理を出し終えたぼくは、いそいそとその方のテーブルへ行ってお聞きしました。「すみません。ぼくは小山社長がどなたか知らないので教えていただけますか?」。「え、シェフ、ご存知ないんですか?小山社長、このお店のことを絶賛されてましたよ。」。
 聞けば、その方は小山昇とおっしゃるカリスマ経営コンサルタントで、本もたくさん出しておられるらしい。なんと経営指導をしている企業は720社以上、とのこと。講演会には常時1,000人以上の人が詰め掛ける、とか。
 ただ、今はコロナ禍で人を集めることができないから現在はネット講演なんだけど、そこで2週連続、道野さんのお店と蘇ボックスについて語っておられました。
 「みなさん、このお店の細やかな応対を見習いなさい。このような時だからこそ、努力しなければいけない」と、そのようなことだったらしい。

 なんだか照れ臭かったけど、ありがたいことだな、と思いました。
その日のお客様は大阪の方で、近くだからとにかく行こうということで来られたらしくて、「また来ます」と上機嫌でお帰りになりました。

 これでやっと小山社長の正体!は判明したのですが、でもまだ疑問は残っています。うちの店、あるいは蘇ボックスとの接点が見つからない。カリスマ経営コンサルタントと蘇ボックスがどこで繋がったのだろう。小山昇さん名で注文を受けたことがないのです。そこで、先程のリピーターの小山さんにメールを差し上げることにしました。「間違っていたら申し訳ないのですが、ご家族かお知り合いの方が蘇ボックスの宣伝をしてくださっていますか」。
 ぼくたちの仕事は個人情報を聞きにくい。非日常がテーマですから。
「父がやってるみたいですけど、私は詳しく知りません」。小山さん、そのお返事、とてももどかしいです。

 その小山さんからディナーのご予約をいただきました。大阪の感染者が爆発的に増える前のことです。ご予約の日の10日ほど前に確認のメールを差し上げました。東京からお越しとのことですが、大丈夫でしょうか。ご無理なら、キャンセルしていただいても構いません。
 いえ、両親と私と3人、ずっと楽しみにしていたので参ります、とのお返事。そして、その日が昨日でした。

 小山社長のwikipedia の画像を拡大して、オカザキと二人で予習をしました。
さて本番。でもその方、がっちりマスクをしておられる。オカザキは間違いないというのですが、ぼくはまだ疑っている。
 二つ目のオードブルの時に、料理を持って行きました。その時、その方はマスクを外しておられた。間違いなく小山昇氏だった。安心したぼくは話しかけました。「ありがとうございます。今日は謎が解けてとても嬉しいです」。そして、これまでの顛末をお話ししました。

 その時ちょうど先のお客様が帰られて、店は小山家貸切になりました。小山社長は俄然、饒舌になられました。実は社長は和食以外の店は苦手で、あまり行かれないらしい。だから今日はお嬢さんに「おとなしくしていてね」と釘を刺されていたんだけど、「もういいだろ、貸切なんだから」ということで話し出すと、とても愉快な方でした。
 蘇ボックスはお嬢さんが購入されて、お母様と二人で食べていると、社長がちょっと食べさせろ、と言って付け合わせの野菜を摘んだところ、「野菜ってこんなに美味しいんだ」とびっくりした。普段は和食しか食べない父がまた食べたいというのでリピーターになったんですと、お嬢さんが話します。甘い物も羊羹しか食べなかったのに、今はマダムのマカロンを私の分まで食べるんですと打ち明けると、えらい怒られちゃったんだよ、と社長が返します。なかなかお茶目なカリスマです。

 「ぼくが驚愕したのはね、メールの返信の内容が一度目と二度目、それから三度目と変わっていったからなんだよ。ちゃんとリピーターを認識して変えてるんだ。これができるというのは大したものだと思ったよ。だからそれをプリントアウトして、ネットで大写しにした。こういう努力が大事なんだってね。」

 スイーツセットにも、リピーター用のクッキーとかお祝いのメッセージとかマダムの心づくしがありました。それにはぼくも感心していたのですが、
「だから蘇ボックスの成功は、そうやってリピーターの心を掴んだあなたたちにあるんだよ」とその場にいるオカザキに語りかけた時、オカザキは本当に嬉しそうでした。

 「シェフもそうだよ。ぼくは離婚の危機にある夫婦にこれを二人で食べなさいと勧めたんだ、それで夫婦が和解した。二組!それと、仲違いしているカップルの男性に、これを買って彼女に食べてもらえと言ったら、いい雰囲気になったんだ、これは三組!道野さん、あなたは立派に社会貢献してるんだよ」。
 褒め上手、これがカリスマになる秘訣なんだとぼくは思いました。そして、この人なら一緒に苦しんでくれる、一緒に喜んでくれる、そう相手に思わせる人間力。謎が解けて、たくさん教えていただいた夜でした。

 とにかくできることを精一杯やろうと決心してやり始めた蘇ボックスをきっかけにいろんな人間関係が広がりました。それは困難な時代を生き抜く何かを人それぞれに教えてくれたような気がします。

本当に美味しかったし楽しかった。そんな言葉を残して社長とご家族が乗り込んだタクシーが通りの角を曲がる時、見送るぼくは手を振りました。すると振り向いた社長も手を振っていた。

 謎の小山社長の話、ぼくはずっと語り続けます。

 
 

by chefmessage | 2021-04-10 21:47