memento NOTO(能登を忘れるな)
2024年 10月 29日
memento NOTO(能登を忘れるな)
そこには競技場みたいなプールがあったから、公共のスポーツ施設だったのだろうと思うのです。だから、グランドの跡地などに棟割長屋のような仮設住宅をたくさん作ることができたのでしょう。周りは一見すると、のどかな田園風景に見えます。敷地内にはところどころに四阿(あずまや)があって、お年寄りがタバコを吸いながら談笑しています。男性が二人、女性が一人。お天気も良いから、その光景はとても平和に見えます。でも聞くとはなしに耳を傾けると、話がまるで噛み合っていない。それぞれが勝手に話している。そしてそれは、それぞれの思い出話です。その人たちが今見ている風景は目の前にはなくて、心の中にしかない。昨日があって、今日もあるけれども明日がない。
人はいつか、死ぬ場所を選ばなくてはならない時が来ます。意思疎通ができる間にそれを周囲に伝えた方が良いと思うけれども、その希望が叶えられるかどうかはわからないし、本人の気持ちとは別に周囲がそれを用意しなければならない場合もあるでしょう。それでも、人には自らが死ぬ場所を選ぶ権利があるとぼくは考えています。
今、ぼくの目の前にいる人たちは、ここから離れたくないのだろうと思います。たとえもう解体されたにせよ、まだあるにせよ、帰る場所はそこしかないのでしょう。でももう住むことができないのなら、せめてその近くで余生を送りたいという気持ちは理解できなくもありません。ただぼくが悲しく思うのは、失意のうちにこの世を去らなければならないかもしれないということです。
阪神大震災のことを思い出しました。
御影の倒壊したマンションの中庭に設置されたテントで夕飯の炊き出しをした帰り道、大阪に向かう国道2号線の両側は真っ暗でした。明かりがないから街の惨状は見えなくて、でも何か禍々しいものがずっと潜んでいるような気配が続きました。それが武庫川を渡った途端眩しいくらい明るくなった。そして、世界はまるで何もなかったかのようにそこにあった。その違和感にぼくは打ちのめされたような気分になったのを覚えています。
それでもまだ復興には勢いがあったと思います。やがて街は再び光を取り戻しました。
仮設住宅の世話役の方に案内してもらって、炊き出しの中心人物であるレストラン「エクティル」の川本紀男シェフとボランティアの人たちが、お年寄りのお宅を個別に訪問し食べ物を手渡してまわりました。その途中で、川本シェフが世話役の方に尋ねました。「県知事はここに来ましたか?」。「来てません。というか、議員さんも誰も来てないんじゃないですか」。それなのに、仮設住宅には選挙の投票場所だけはしっかりありました。「投票しろと言っても、誰が誰だかわかんないですよ」。
荒れた田畑の向こうに高い山が見えます。それのところどころに地肌が見えている場所があります。亀裂のように下まで続いているところもある。集中豪雨で崩れた後です。震災から10か月、やっと立ち直る気配が見え始めた能登が大規模な土砂崩れや川の氾濫に見舞われた。それに対する精神的なダメージの大きさは、あるいは元旦の大地震を凌駕するものであったとのではないかと想像します。でも、それに対する対応はどうなのか。それを確かめたくて、川本さんは先の質問を仮設住宅の方に投げかけたのだと思います。
実際に、世の中の反応、というか関心は薄れていっているのではないでしょうか。元旦の震災直後、われわれの業界でもチャリティディナーなどの催しがあちこちで行われました。でも、継続してはいません。一度やって、それで義務を果たした、そんな空気が漂っているような気がします。義援金の集まり方も弱まっているのではないでしょうか。でも、本当は今こそ底力を見せるべきではないかと思います。
一度炊き出しに参加しただけで偉そうに、と言われるかもしれません。本当にその通りです。そしてぼくにできることなんてちっぽけすぎて、なんの足しにもならないとも感じます。それでも、能登を忘れるなと訴えたい。外部の人間が軽はずみな口を叩くな、と言われるかもしれません。でも、能登の人口に比べると、それ以外の地方の人口の合計は比較にならないほど多いのだから、一人ずつが受け止めた価値のほんの一部でも差し出せば、それは大きな力になると思うのです。
明日のことを語れないまま去ろうとする老人たち、あるいはぼくたちもそうなるかもしれない、そうなったかもしれない、そんな共鳴がかすかにでもまだぼくたちにあるのなら、まだ世界には希望が残っていると思います。老人だけではなく全ての能登の人たちが再び明日を語れるようになるために、
「能登を忘れるな」
そう思い続けたい。
死ぬ場所を選ぶ、ということは生きる場所を選ぶということです。そしてこの世界が生きるに値するということを僕たちは実証しなければいけないと思います。今の能登は世界です。そしてそれは修復される日を待ち望んでいます。

by chefmessage
| 2024-10-29 17:24