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[ 2014-05 -20 16:46 ]
実は、彼が「自分も料理を出したい」と言った時、ぼくは断ろうと思ったのです。というのも、彼は腎臓が悪くて、週に3日透析をしないといけないことを知っていたから。そのため通常の仕事を続けることができず、やむなく自分のお店を閉めざるを得なかったということも。
横山くんの気持ちはとてもありがたいけれど、無理をさせることはできません。だから、顔をだしてくれるだけで充分だからと、ぼくは伝えたのです。でも、彼はさせてくれ、と言います。それなら、お言葉に甘えさせていただきます、ということになりました。
そして当日、彼は真剣な表情で、でも楽しそうに料理を作ってくれました。それは実に細やかな、愛情あふれる料理で、ぼくはこころから感謝したのですが、そのとき横山くんは、ぼくにこう言いました。「ミチノさん、料理を作る場を与えてくださってありがとうございました。」。ぼくはその言葉で、彼の気持ちを理解しました。
横山くんは料理を作るのが本当に好きなんだ。重い病気も彼のその思いを消すことができず、むしろ病気になったことで、彼は今まで以上に料理に対して真摯になっている。それなら、
「横山くん、一緒に料理作ろか。」。
そして、ぼくの店で横山淳、道野正コラボフェアの開催が決定したのです。
料理の分担を決め、日時も決定しました。サーヴィスに、ソムリエールでもある横山マダム、千晴さんも参加してくれることになりました。案内を始めたら、わずか数日で開催予定の二日とも予約で満席に。もう後には引けません。
横山くんが泣き言いいます。「すごいプレッシャーで、ぼく、眠れません。」。千晴さんは「わたし、できるでしょうか?」と心配しています。その度に、ぼくは答えます。「だいじょうぶだ~。」。
ぼくも決してこころ穏やかだったわけではありません。でも、ぼくが動揺すると折角のフェアがこわばったものになってしまう、だからぼくは勤めて明るく振舞っていたのです。でも、ぼくにも余裕があったわけではありません。というのも、ぼくは今回のフェアで、今まで頑なに避けてきた料理を再現しようと決意していたから。
イカを巻いたラパン(ウサギ)のファルス、カカオのソース!
15年前にこの料理を作ったとき、もうこれ以上は進めない、進んではいけないとぼくは自分に言い聞かせました。ここより先の領域に踏み込むと、ぼくの料理は誰にも判断がつかないものになってしまう。なによりぼく自身が壊れてしまう。
それでなくても、開業以来10年の疾走で、ぼくの力は尽きかけていました。自分なりに考えられることは、すべてやりつくした、そんな思いが強かったし、精神的にも限界だった。だから、ぼくはこの料理を境に、もっと一般的に受け入れられるであろう方向に舵を切ったのです。そして、それ以後の15年間、ぼくは迷走しました。
謂わばこの料理は、自己保身のための結界だったのです。孫悟空の行き着いた巨大な柱、釈迦が拡げた掌の果て。でも、ぼくは今回、敢てその領域に近づこうと考えました。それくらい真剣じゃないと、病気になっても尚、料理への情熱を失わない横山くんに対して失礼だし、彼の励みにもならない。まず自分が勇気を奮い起こして、このフェアを成功させるために全力を尽くそう。そしてぼくは、綿密に設計図を書き、試作を繰り返し、決意を形にしました。あとは、どう評価を受けるか、だけ。
アミューズは5種類。横山くんの世界が広がります。
一つ目のオードブルは、カツオと三元豚のシンフォニー。カツオのマリネから始まって、進むにつれ、煮込みやローストにした豚肉がカツオに添って味わいを深めていきます。横山くんの独創が功を奏して、お客様の感動を呼びます。
二つ目のオードブル。直前まで泳いでいた琵琶湖の稚鮎を揚げて、川に見立てたキューリとキューリの泡に乗せ、鮎が遡上する姿を再現。これと次の鮎のリエット、ティラミス仕立ては道野。続いて魚料理は横山くん。
魚に見立てたレンコンのステーキに、鱈のすり身のブランダードをかけるというトリッキーな技。見事です。
そして、道野の件の料理。
デザートは、うちのマダムが生産地まで足を運んで選んだ愛東メロンのテリーヌ。
千晴マダムは、ずっとうちの店で働いているように見える落ち着きぶりで、ひさびさに彼女と会うお客様方もすっかり満足でくつろいでおられます。ため息と感嘆と笑顔と。幸福感が店に充満しています。
大受けやな、横山くん、大成功や。
そして、お客様のリクエストの多さに、年2回の開催をお約束して、二日間の饗宴は終わりました。
横山くんは、本当にうれしそうだった。かなり疲れただろうけど、それを上回る成果があったはずだと思います。
そしてぼくは、
お釈迦様の掌を超えたと思います。ぼくは自由になれた気がします。その手助けを横山くんがしてくれました。
できることとできないことと。でも、できないことのいくつかは、いつか出来るようになるのでしょう。大切なことはあきらめないこと。
ぼくは、横山くん、千晴さん、このフェアに来て下さったすべてのお客様に感謝したいと思います。
ありがとうございました。半年後に、また会いましょう。その時、ぼくと横山くんがどれだけ進歩しているのか。
横山くん、オレ達の戦いはまだこれからやで。
