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ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


by chefmessage
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悔いのない日々を。

ぼくの店で10年間マネージャーを勤めてくれた原くんが、4日前の12月30日に退職しました。彼は実に真面目で信頼できる仲間でした。長い間、家族同然に過ごして来たので、辞めると言われて動揺して、なんとか翻意を促そうとしたのですが、彼が言ったこんな言葉を聞いて、ぼくはむしろ彼を笑顔で送り出そうと思ったのです。「ぼくがあと10歳若ければ、シェフと最後までご一緒したかったのですが」。

ぼくは65歳です。正直なところ、あと何年この仕事を続ける事ができるかわからない。そんなぼくに付き合っていたら、今45歳の彼は再就職の難しい年齢になってしまいます。だから、10年という区切りの良い時に退職し、将来を見据えて生きる道を再考したい、その思いの切実さに触れてぼくは何も言えなくなってしまいました。彼の人生は彼のもので、ぼくに付き合う必要なんてないのです。それに、今は東京に住んでいる老いた両親のそばにいてやりたいという希望もあったようです。だからぼくは、彼がぼくの店を去るその日まで、これまでと変わる事のない気持ちで接することにしました。

その彼が最後に、店の床のワックス掛けをしたいというので、ある日の営業終了後に手伝うことにしました。まずテーブルの半分をホールの隅に移します。それから残ったテーブルをひっくり返して、天板同士をくっつけて重ねます。椅子も同じようにして、できるだけ広いスペースを作ってワックスをかける。それを場所を変えてもう一度やって終了するのですが、やってみて驚いたことに、ぼくはテーブルをひっくり返して重ねる事ができない。重くて持ち上げる事ができないのです。そんなはずはないと何度か挑戦したのですが、原くんにはできてもぼくには無理なのです。自分の肉体の衰えをはっきり感じた瞬間でした。そして思いました。「あと10歳若ければ」。

ぼくはいつも、挑戦する気持ちを忘れないで生きてきたつもりです。いつかこういう風にしたいと思う事がなくなることはありませんでした。それは今でも同じです。でも、ぼくは気付きました。ぼくにはもう、いつかというのはない。今ここにある事がすでに奇跡なのかもしれません。それなら、今やるべきではないのか。
同世代の友人たちの多くは終活に向かっています。断捨離に努め、事業を縮小し、あるいは後継者に譲り。ぼくもそういう方向に向かうべきだとは思うのです。でも、「このままでは終われない」と訴える声が消えない。「もう一歩だけでも進みたい」と心が言っている。
やっといろんな事がわかってきたのです。やっと自分の本当にやりたい事が見えてきたのです。だから、これが最後のチャンスだと思っていろんなことに着手しようと考えています。年齢を考えると無謀かもしれないのですが、ぼくは残された日々を大切にしたい。

年末になると、いつもしていることがあります。お世話になった方達に、お節と称して重箱に詰めたオードブルを送っています。一つは必ず、大学時代の恩師、野本真也先生に。
大学を出て、無謀にも全く畑違いの料理人になると決めた時、背中を押してくださったただ一人の先生です。先生のお宅でお話をうかがったあと外に出ると、満開の桜並木から風に煽られた花びらが散っていました。その下で不安な気持ちを抱えて、それでも行こうとする自分の姿をぼくは忘れた事がありません。それから40年以上が経ちました。

一度、先生のご子息が婚約者と一緒に食事にこられたことがあります。「父がいつも話しているシェフの料理が食べたかったので」。食後にぼくは、常々思っていたことを尋ねました。「毎年ぼくが送っているお節は、かえってご迷惑ではないでしょうか?」。息子さんが答えてくれました。「そんなことは全くありません、むしろお正月にうちの両親が一番楽しみにしているのはシェフのお節なんですよ。」。
野本先生は同志社の神学部教授を勤められたあと、学校法人 同志社の理事長を長年なさっておられたので、お正月にはたくさんの方々がご挨拶に来られて大変だろうと思っていたから、ぼくはいつも気にしていたのです。でも、息子さんのお話を聞いて安心したぼくは、それからもずっと野本先生にお節を送り続けています。それを続ける事ができるのは、ぼくのこころの支えでもあると思っているから。

お節が届いた頃に、いつも先生からメールが送られてきます。今年はこんなことが書かれていました。
「この味は、これからも決して忘れることがないでしょう。痛みのために食欲不振がずっと続いていましたが、この味を思い出しながら、残された与えられた人生をなんとか生きていきたいと思います」。
先生の奥様も先生も、ともに闘病生活を送っておられます。だから、その言葉はとても重く胸に迫ります。でも、ぼくのささやかな行いが先生と奥様にとって慰めになっているとするなら、ぼくにとってもそれは慰めになっている。
メールはこんな言葉で結ばれていました。
「神様の豊かな祝福がありますように心から祈っています」。

「あと10歳若ければ」、ぼくは違った抱負をのべたかもしれません。ミシュランの星を取る、とか、アジアのベストレストランにランクインする、とか。でも、今のぼくはそういうことのために残された大切な時間を費やそうとは思っていません。流行というものに身を委ねて、自分の人生を消費されたくない。
できることはもう多くはないけれど、自分が納得できるものだけを世に送り出し、必要とする人に届けたいと思う。そして神様の前に立った時、やれるだけのことはやりましたと言える自分でありたいと思う。

いつかやろうと思っていたことを、今年は順番に実行します。そして、態勢を整えて最後まで走ります。
これがみなさんに向けた年始のご挨拶です。新しく人生を始めようとする原くんにも。
悔いのない日々を!
「Good luck!」
by chefmessage | 2020-01-03 20:59