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ミチノ・ル・トゥールビヨンシェフ道野 正のオフィシャルサイト


by chefmessage
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謎の小山社長について

    謎の小山社長について

 蘇ボックスが第二弾に変更になった、去年の6月頃のことです。注文のメールに小山社長というお名前が頻繁に登場するようになりました。「小山社長の紹介で」、「小山社長がお薦めだったので」。それが毎日数件入って途切れない。そして不思議なことに、発注する人たちの住所にまとまりがないのです。いろんな地方から注文が舞い込んできます。
 そのような状態が続くのですが、でもぼくにも、スタッフの誰にも「小山社長」の心当たりがありません。小山社長って誰なんやろ。多大な影響力をお持ちの方なんだろうけれども、いくら考えてもわからない。
 メールのやりとりをしてくれているオカザキに、蘇ボックスを注文してくださった人たちの中で小山姓があるか探してもらいました。リピーターになってくださった方のフォローをするために、彼女がPCにデータを残しているのです。
 お一人、小山姓の方がおられました。この方は、結構繰り返し注文してくださっているのですが、どうやら若い女性で社長といった雰囲気ではない。
 なんとかお礼をしたいんだけれど、どうしようもないな、と思っていた時に一件の予約が入りました。オカザキが、「小山社長の紹介で、という方がディナーの予約をしてくださいました」というので、チャンス到来とばかりにその日が来るのを待っていたのです。

 料理を出し終えたぼくは、いそいそとその方のテーブルへ行ってお聞きしました。「すみません。ぼくは小山社長がどなたか知らないので教えていただけますか?」。「え、シェフ、ご存知ないんですか?小山社長、このお店のことを絶賛されてましたよ。」。
 聞けば、その方は小山昇とおっしゃるカリスマ経営コンサルタントで、本もたくさん出しておられるらしい。なんと経営指導をしている企業は720社以上、とのこと。講演会には常時1,000人以上の人が詰め掛ける、とか。
 ただ、今はコロナ禍で人を集めることができないから現在はネット講演なんだけど、そこで2週連続、道野さんのお店と蘇ボックスについて語っておられました。
 「みなさん、このお店の細やかな応対を見習いなさい。このような時だからこそ、努力しなければいけない」と、そのようなことだったらしい。

 なんだか照れ臭かったけど、ありがたいことだな、と思いました。
その日のお客様は大阪の方で、近くだからとにかく行こうということで来られたらしくて、「また来ます」と上機嫌でお帰りになりました。

 これでやっと小山社長の正体!は判明したのですが、でもまだ疑問は残っています。うちの店、あるいは蘇ボックスとの接点が見つからない。カリスマ経営コンサルタントと蘇ボックスがどこで繋がったのだろう。小山昇さん名で注文を受けたことがないのです。そこで、先程のリピーターの小山さんにメールを差し上げることにしました。「間違っていたら申し訳ないのですが、ご家族かお知り合いの方が蘇ボックスの宣伝をしてくださっていますか」。
 ぼくたちの仕事は個人情報を聞きにくい。非日常がテーマですから。
「父がやってるみたいですけど、私は詳しく知りません」。小山さん、そのお返事、とてももどかしいです。

 その小山さんからディナーのご予約をいただきました。大阪の感染者が爆発的に増える前のことです。ご予約の日の10日ほど前に確認のメールを差し上げました。東京からお越しとのことですが、大丈夫でしょうか。ご無理なら、キャンセルしていただいても構いません。
 いえ、両親と私と3人、ずっと楽しみにしていたので参ります、とのお返事。そして、その日が昨日でした。

 小山社長のwikipedia の画像を拡大して、オカザキと二人で予習をしました。
さて本番。でもその方、がっちりマスクをしておられる。オカザキは間違いないというのですが、ぼくはまだ疑っている。
 二つ目のオードブルの時に、料理を持って行きました。その時、その方はマスクを外しておられた。間違いなく小山昇氏だった。安心したぼくは話しかけました。「ありがとうございます。今日は謎が解けてとても嬉しいです」。そして、これまでの顛末をお話ししました。

 その時ちょうど先のお客様が帰られて、店は小山家貸切になりました。小山社長は俄然、饒舌になられました。実は社長は和食以外の店は苦手で、あまり行かれないらしい。だから今日はお嬢さんに「おとなしくしていてね」と釘を刺されていたんだけど、「もういいだろ、貸切なんだから」ということで話し出すと、とても愉快な方でした。
 蘇ボックスはお嬢さんが購入されて、お母様と二人で食べていると、社長がちょっと食べさせろ、と言って付け合わせの野菜を摘んだところ、「野菜ってこんなに美味しいんだ」とびっくりした。普段は和食しか食べない父がまた食べたいというのでリピーターになったんですと、お嬢さんが話します。甘い物も羊羹しか食べなかったのに、今はマダムのマカロンを私の分まで食べるんですと打ち明けると、えらい怒られちゃったんだよ、と社長が返します。なかなかお茶目なカリスマです。

 「ぼくが驚愕したのはね、メールの返信の内容が一度目と二度目、それから三度目と変わっていったからなんだよ。ちゃんとリピーターを認識して変えてるんだ。これができるというのは大したものだと思ったよ。だからそれをプリントアウトして、ネットで大写しにした。こういう努力が大事なんだってね。」

 スイーツセットにも、リピーター用のクッキーとかお祝いのメッセージとかマダムの心づくしがありました。それにはぼくも感心していたのですが、
「だから蘇ボックスの成功は、そうやってリピーターの心を掴んだあなたたちにあるんだよ」とその場にいるオカザキに語りかけた時、オカザキは本当に嬉しそうでした。

 「シェフもそうだよ。ぼくは離婚の危機にある夫婦にこれを二人で食べなさいと勧めたんだ、それで夫婦が和解した。二組!それと、仲違いしているカップルの男性に、これを買って彼女に食べてもらえと言ったら、いい雰囲気になったんだ、これは三組!道野さん、あなたは立派に社会貢献してるんだよ」。
 褒め上手、これがカリスマになる秘訣なんだとぼくは思いました。そして、この人なら一緒に苦しんでくれる、一緒に喜んでくれる、そう相手に思わせる人間力。謎が解けて、たくさん教えていただいた夜でした。

 とにかくできることを精一杯やろうと決心してやり始めた蘇ボックスをきっかけにいろんな人間関係が広がりました。それは困難な時代を生き抜く何かを人それぞれに教えてくれたような気がします。

本当に美味しかったし楽しかった。そんな言葉を残して社長とご家族が乗り込んだタクシーが通りの角を曲がる時、見送るぼくは手を振りました。すると振り向いた社長も手を振っていた。

 謎の小山社長の話、ぼくはずっと語り続けます。

 
 

# by chefmessage | 2021-04-10 21:47

「明けない夜はない」

 お店をやっていて困ることは沢山ありますが、中でも機械類の突発的な故障には度々酷い目に遭わされます。うちの店は、前の方が8年やっておられた後に居抜きで入って11年経つので、引き継いでそのまま使っている設備はかなり老朽化しています。それに、ぼくが新しく設置したものでも11年経っているのです。だから、壊れ始めると順番に、まるで連鎖反応の様に修理や入れ替えが必要になりました。冷凍庫からはじまり、製氷機、台下冷蔵庫、4ドアの冷凍冷蔵庫、食器洗浄機、コンベクション付きのガス台。無いと仕事にならないので、順番に入れ替えました。まるで、機械購入の費用捻出のために働いているかの様な日々。そういえばホールの照明もLEDに交換しました。しかし、まだ大物が残っていたのです。それはエアコン。
 でも、これが夏に急に動かなくなるととんでもないことになります。だから、以前から入れ替える計画を立てていたのです。でも、コロナ禍!ホントはやめたかった。その費用を営業に回したかった。しかし、夏は来るのです。ええい、やってしまえ、ということで三連休を取って工事をすることになりました。その3日目の出来事。(長いまくらですみません)。

 うちの店で10年間マネージャーを務めてくれた原 光(ハラ ヒカル)が去年の末に退職したことは以前のブログでも書きましたが、その原が心機一転、飲食業から足を洗い、堅気になるべく勤めた一般企業を辞めた、というメールが届きました。それ以前より彼が、新しい就職先でいろいろ苦労をしていることは聞いていたので致し方のないことだと思ったのですが、タクシーの運転手になるため面接に行きます、という一文を目にしたときに、それは無いやろうという気持ちが沸き起こったのです。
 くれぐれも誤解していただきたく無いのですが、ぼくはタクシー運転手という職業に対してどうのこうの言っているわけでは決してありません。ただ、彼ほどのキャリアを持つサーヴィス人がもったいないと思ったのです。ぼくの知る限りでは、最も信頼できるサービスマンなのだから。もう一度、その現場に戻って、彼らしい、彼にしかできない仕事をしてほしいと痛切に思いました。 
 だから、何か彼のためにできることがないだろうかと考えたときに、一人の人物の顔が思い浮かびました。
 その人は、小金井市にある「TERAKOYA」というレストランの三代目オーナーシェフ、間 光男さん。この人とは、昨年の「世界料理学会in函館」で知り合いました。それまでまったく面識はなかったのですが、函館での最後の打ち上げで席が隣同士になり、意気投合して1時間ほど熱心に語り合いました。大きなレストランの三代目らしい上品さと知的好奇心、そして果敢な行動力が印象的な好漢でした。この人とは長い付き合いがしたいもんだと、ぼくはその時思ったのです。

 函館から戻った夕刻からぼくは店に出たのですが、最初にしたことは名刺の整理でした。ぼくは普段は名刺を持つ習慣がないのですが、出かける前にマネージャーの原から一箱持たされました。こんなにいるか?と聞いたら、絶対入ります、と彼が言うので渋々持っていったのですが、結局、いただいた名刺でその箱はいっぱいになりました。それをカウンターに置いて、名刺ホルダーに仕分けしてほしいと頼みました。すると原が、その名刺の山の一番上の一枚を指し示して、シェフはこの方と知り合いになったんですか?と聞きます。なんで?と言うと、彼が話し始めました。

 彼が高校三年生のときにアルバイトしたのがその店で、そこでサービスの仕事のおもしろさに目覚めて専門学校に進むことになったと言うのです。専門学校にいる間もそのお店でバイトをして、ずいぶん可愛がってもらったんだと、懐かしそうに語りました。
 その話しを聞いた時には、既に原の就職先は決まっていたので、彼のサービスマンとしてのキャリアの最初と最後の店のシェフ同士が偶然知り合いになるなんて、不思議な縁もあるもんだなあと感心しました。だから翌日、間さんにお電話して「実は話してほしい男がいるんだ」と原と電話を代わりました。二人は楽しそうに話していました。そして、二人が共に相手に対して好印象を抱き続けていることがわかって、ぼくもとても嬉しい気持ちになりました。
 だから、ぼくは間さんに協力を仰ごうと、とっさに思いついたのです。

 間さんにメールをしました。そして、お互いに現況を報告し合い、励まし合いました。その後、原の事をお願いしました。できれば連絡をとって欲しいと、原の電話番号を添えて。頑張ってみます、そういう応えが返ってきました。それが今日の午前中のことです。

 同じ日の午後、今度は間さんから電話がかかってきました。「道野シェフ、今ぼくの前に光がいます」それが第一声でした。今度はぼくが驚かされる番でした。そして「決めました」と言うので「何が?」と問い返すと、「うちの吉祥寺の店を彼に任せます」との答え。スピーカーフォンにしていいですか、と言うのでいいよと返すと、原の懐かしい声。「シェフ、すみません」。そして「頑張ります」。
 嬉しくて、ちょっと泣けました。

 もっとよくしてやればよかったと思っていたのです。何もしてやれなかったと内心忸怩たる思いだったのです。本当に良かったと思いました。間さんのところなら、安心して彼を任せられます。原も挫折を跳ね返す勢いで頑張ることでしょう。

 飲食業はブラックだとよく言われます。ましてやこのコロナ禍で、暗闇に近い印象です。けれども、射す光もあるのです。
 あの時、偶然一番上にあった一枚の名刺から新しい人間関係が生まれました。縦に糸を張り巡らしていると、それはいつか横の糸を紡ぎ、やがて一枚の布を織りあげるのでしょう。でもそれは、正しい人間関係を築き上げてきた結果ではないかと思うのです。
 だから、困難な時にこそ人を大切にしたいと思います。人の心の底に流れる優しさを見失わない様にしたい。

 そういえば「TERAKOYA」さんがFBに投稿していた写真を思い出しました。従業員の皆さんが交代で一枚のプラカードを持っている連作。そこにはシェイクスピアの有名な言葉が書かれていました。
 「明けない夜はない」。
 みんな、頑張ろうな。
 

 

# by chefmessage | 2020-05-27 19:30

 京都の川端丸太町に「ラニオン」というレストランがあります。宮野多門くんと奥さんの恭子さんがふたりで営んでいる小さなビストロです。

 この宮野くんとは不思議な縁があるようで、彼が若いころに修業した数件のお店はすべてぼくが紹介しました。「誰かいませんかねぇ」というシェフやオーナーから依頼があるときにタイミング良く「どこか人を探しているお店はありませんか?」と彼がやってくる、「では宮野、行ってみるか?」、そういうことが数年おきに何回か続きました。だから彼とはいまだに親交があります。寡黙な職人肌の男で、それを奥さんがしっかりと支えている、いかにも町のレストランといった風情で、ぼくは彼のお店がとても好きです。料理は正統派のフランス料理で、派手さはないけれどもしみじみと美味しく、シェフの人柄がよく表れている。デザートはともに調理師学校で学んだ奥さんが作っていて、サーヴィスも彼女がこなす、家庭的な落ち着いたお店です。


 話は変わりますが、その「ラニオン」とは全く対照的なお店のシェフの対談を先日聴きにいきました。大阪のミシュラン三ツ星店。お相手は、かつてそのお店で務めた経験を持つ一つ星のレストランのシェフ。けっこう辺鄙な場所で、スタートも午後の11時というのに、会場は若手の業界人でいっぱいでした。

 メインゲストのシェフはおしゃれです。いかにも高価そうな腕時計とアクセサリー。そういえば会場になったお店の駐車場に眩いスポーツカーがあったけれども、多分それもそのシェフのものなのでしょう。

 司会者が「レストランをやろうと思ったときの目的はなんでしたか?」と質問すると、「ミシュランの三ツ星をとることですね」と間髪入れずに即答。実はその時点で、ぼくは自分がアウェイだな、と思ったのです。

対談ということなのですが、ほとんどの時間は三ツ星シェフの独壇場です。成功談に交えて苦労話も挿入されます。それでなくとも狭い会場に人がぎっしりいるもんだから蒸し暑いのに、高揚感と熱気が満ちています。みんなが食い入るようにゲストの姿を見ている。ときに趣旨のよくわからない質問があるのだけれども、それにもゲストは熱心に答えている。ぼくのとなりの女性はずっとメモをとっています。この雰囲気、なにかに似ているなぁ。ひとりしらけているぼくは考えます。そして、答えを見つけてつぶやきます。「レストランビジネスってマルチ商法か?」。

 ミシュランの三ツ星をとること、それはまぎれもない成功でしょう。それにともなって来客数は爆発的に増えるだろうし、世界中から様々なオファーがくるようになる。必然的に売り上げは増し利益がでるようになります。それは、とてもいいことだと思います。それでなくとも店の規模とは関係なしに、あれもこれもとやりたいこと、やらなければならないことが常にあるような職種です。それをどんどんかなえることができる。しかし、それが究極の目的だとはぼくには思えない。それだけがレストランの成功例だとも思えない。それはごくまれな一例であって、決してすべてではない。


 「ラニオン」はどうでしょうか。

 ミシュランの調査の対象にはなりにくいような気がします。食べログの点数というのもどうなんでしょうか。それでも経営が順調ならかまわないのですが、彼らの暮らしぶりはいたって質素です。それなら、彼らは敗者なのか?


 「ラニオン」にオープン当初からずっと来られているお客様がいます。70歳をいくつか超えられた紳士で、ワインについてもお詳しいから、宮野夫妻はそのお客様とお話しするのが毎回楽しみなんだそうです。そのお客様の言葉が朝日新聞の「天声人語」に取り上げられていました。

   「多くの人が石ころだと思って見向きもしなかったものを拾い、10年、20年かけて磨き上げ、ダイヤモンドにする」。


 「ラニオン」は石ころではありません。でも、「ラニオン」の素晴らしさを発見して通い、宮野夫妻にとっては育ての親とも言える役割をその方がしてこられたとするなら、上述の言葉は双方の関係にもあてはまるのではないかと、ぼくは思います。

 これは、レストランとしての素晴らしい、そして幸せな成功例のひとつといってもよいのではないでしょうか。

 その紳士とは、今回のノーベル医学・生理学賞を受賞された本庶佑先生です。


 「ノーベル賞を取るための研究はない。研究の成果に与えられることがあるだけだ」。

ある受賞者の言葉です。


 本庶先生は、いろんなことが一段落したら、また「ラニオン」に行かれるのでしょう。そして宮野くんからお祝いのシャンパンをふるまわれることでしょう。そんな光景が目に浮かんで、ぼくもとても幸せな気分になります。そして、こころでこうつぶやきます。「宮野、キミは星ではない、ダイヤモンドだ」。


# by chefmessage | 2018-10-04 18:38